気ままに歩いて候。

あせらず、くさらず、歩いていきましょう。 2007年5月の連休から始めた区切り打ちの四国歩き遍路の思い出を綴った記事を中心に掲載しています。

巡礼

秩父三十四ヶ所観音霊場巡礼 第5回

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西武鉄道に乗って

 8時49分、飯能行きの急行列車は3番ホームを滑り出し池袋駅を出発した。埼玉方面を目指し北西に進路をとって列車は進む。
 
 車内はそれほど混みあっていたわけでもなく、座れる席を見つけて容易に落ち着くことができた。車内の様子をうかがっていると、乗客の中にはリュックを背負い歩きやすいスポーツシューズやウォーキングシューズなどを履いてる方が何人かおられた。この人達もひょっとしたら秩父霊場を目指しておられるのかもしれない。或いは秩父の手前の山々へ新緑を楽しみがてら散策に行かれるのか・・・。いずれにしても都会の喧騒から暫し抜け出して、静かな自然の景色の中でひと時を楽しもうとされている人達なのだろう。こういった人達の姿を見ると、なんだかうれしくなる。

 列車は練馬区・東久留米市を抜けて、所沢市へとさしかかる。池袋を出発してから時間にすると40分は経過していただろうか。ここからいよいよ本格的に埼玉県内に入っていく。所沢市を通過し、入間市に入った辺りから車窓の景色の様子が少々変わってくる。都内を走っている間に見えた景色といえば、家々の密集する住宅街ばかりだったように思える。人工色が強く、自然の入り込む余地もない、そんな眺めが延々と続いていた。個人的にはこういった景色はあまり好きではない。とりたてて目を引くようなものを見つけることはできないし退屈するのだ。なにかしら自然を感じさせるものが僅かでも景色に織り込まれているほうが心が和む。武蔵藤沢という駅を通過する辺りから、ようやく自然の木々が線路沿いに姿を現わし始めた。そして視界が拡けてきたように思えた。この駅の少し先には航空自衛隊の基地があるのだが、それも影響してのことかもしれない。建物の密集度が少なくなってきたようだ。更に進むと稲荷山公園というものもあり、車窓の景色はかなり自然色が強くなってくる。ようやく東京のベットタウンといわれる地域を抜けたということになるのだろうか・・・。関西育ちの僕には正直どのあたりまでがそういった地域になるのかよくわからないのだが・・・。なにはともあれ、車窓の眺めが楽しくなってきた。

 9時40分、飯能に到着。

 ここから西武秩父駅へ向かう普通列車(西武秩父線)に乗り換える。ゾロゾロと車内を出てゆく乗客の皆さんに従ってホームに降り立つと、隣の乗り場には既に秩父行きの列車が停まっているのが見えた。下車したほとんどの乗客の皆さんはそちらに向かっている。「そうか、みんな自然が恋しいんやな・・・」なんてどうでもいいことを考えながら、自分も列車に向かう。

 数分後、列車は飯能を出発。秩父盆地へ到る山岳地帯の中を列車は進んでゆく。当然の事ながら、車窓の眺めもこれまでのものとは全く異質のものとなる。もはや「東京」というものを感じさせる要素は何一つ見当たらない。景色一面、美しい自然に満ち溢れていた。穏やかな秋の山の風景が車窓いっぱいに広がっている。
 まるで夢を見ているような感覚だった。列車を乗り換えた途端、こうも景色の様子が変わるなんて・・・。ほんの数十分前まで見ていた街の景色はなんだったのだろうか。短時間で全く違う世界に足を踏み入れたような気にさせられる。この劇的な変化はとにかく面白い。(心の中で『西武鉄道バンザイ!!』とワケのわからないことを言っていた自分は違う意味で面白い・・・。)

 吾野という駅を通過した時の景色はなんともいえなかった。穏やかな山村が広がり、山々の木々が若干ではあったが葉の色を変えつつあった。典型的な日本の田舎の秋の景色とでもいったらいいのだろうか。もう少し時期を遅らせてここを訪れたならば最高の秋の景色に出会えていたかもしれない・・・と少々欲深いことを考えながら窓の外の眺めに見惚れていた。

 芦ヶ久保という駅を過ぎ、トンネルを2つくぐると横瀬の町が見えてくる。長い山岳地帯を抜けて、ようやく秩父盆地に入ったのだ。飯能からここまで、時間にすると50分ほどだろうか。列車で一時間近くかかる道程だが、昔の人の往来の様子はどんなものであっただろうか・・・と、ふと考えさせられたりもした。
 横瀬という町は秩父霊場のエリア内といえる。町内には六番・七番・九番札所があり、更に芦ヶ久保方面に進めば八番札所に詣でることができる。横瀬の駅で下車する人が結構いらっしゃったが、旅の効率性を考えて皆さんそうされたのだろうか?まずは6番から九番まで打とうと・・・。結局、この列車に乗っていた乗客の多くが秩父霊場の巡礼者だったことになる。あらためて、関東における秩父霊場の存在の大きさというものを感じさせられた。

 僕は「順打ち」ということに拘りをもっているほうなので、もちろん一番札所から巡拝するつもりだった。横瀬で下車するわけにはいかない。このあたりが、融通がきかないというか、頑なというか・・・。しかし、巡礼のはじまりはやっぱり一番からという思いは捨てきれないのだ。

 横瀬を出発した列車は羊山公園を通り抜けて、いよいよ終点の西武秩父駅に向かう。トンネルを抜け出たときの景色の変わり様にまた驚かされた。いきなり「街」というものが出現した!そんな感じだ。横瀬の町の景色はそれまで眺めてきた山の景色と比べるとそんなに違和感もなく、「良き山里」といった雰囲気だった。その景色が一変した。建物はずらりと並んでいるわ、車はよく通っているわ・・・。まさに山中に現れた桃源郷といったらよいのだろうか。

 (おもしろい所やっ!!やっぱり来てよかった・・・!!)

 
 10時30分、西武秩父駅に到着。東京からおよそ2時間の列車の旅だった。

 改札を通って駅の外に出る。迎えてくれたのは晴れ渡った秋の空だった。初日から本当にいい天候に恵まれたことが有難い。青々とした空に浮かぶ雲の姿がとても美しく見えるのは、やはり秩父盆地の澄み切った空気によるものだろうか。とうとう秩父の地に来ることができたのだ。それもこんなに爽やかな秋晴れの日に・・・。


西武秩父駅




『西武秩父駅。駅前に植えられた木々がとても印象的だった。閑静な駅前の景色にとても合っていて、青い空に映えてとてもきれいに見えた。』

秩父三十四ヶ所観音霊場巡礼 第4回

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「御呼び」を感じて


池袋駅西口







【JR池袋駅西口】

 駅の構内の人波を潜り抜けながら、西武鉄道の乗り場へと向かう。昨夜、山の手線に乗って池袋に着いた時に乗り場の位置は確認していた。改札と切符売り場のある場所まで歩いて見に行っていたので、道順はわかっていた。なんとか迷うことなく乗り場へ着くことができた。

 埼玉県秩父市へは、西武鉄道池袋線・秩父線を乗り継いで行く。飯能という駅で秩父線に乗り換えることになるのだが、まずは此処池袋駅からは「飯能行き」の列車に乗らなければならない。秩父へ直行できる特急や快速急行もあるにはあったのたが、時刻表を見てみるとそれらを待っているよりも飯能へ向かう列車に乗ったほうが早く着きそうだった。8時49分発の急行列車があったので、それに目星をつけて切符を買ってホームへと向かった。


 秩父までの移動時間は2時間程らしい。とりあえずなにか食べておかないと2時間はもたないなと思い、売店へ足を向ける。まだ列車の出発時間までには余裕があった。軽く食事を済ます時間は充分あるだろう。
 途中、巡礼姿の男性を見かけた。菅笠に上下の白装束、ザックに頭陀袋を身に着け、手には金剛杖。白衣の背中には「南無大慈大悲観世音菩薩」とある・・・。

 (おおっ!!これは・・・!!お遍路さんや!!まるで四国みたいや!!)

 妙に感動してしまった。秩父へ向かおうとしている出だしから、こんな生っ粋の巡礼者に出会うとは。あまりにもインパクトがありすぎる、こんな出会いはあまりにも出来過ぎている!!この不思議な衝撃はまるで四国で体験するものとよく似ているではないか。四国では「なんで?」「どうして?」といった不思議な現象を体験することがしばしばある。そんなことが起こるのは、正直、四国だけだろうと思っていたのだが・・・。

 (うーむ、秩父霊場・・・。想像以上に凄いところかもしれない・・・。)

 大袈裟に捉え過ぎと言われるかもしれない。平たく言ってしまえば、一人の巡礼者の姿を見かけただけのことなのである。東京から秩父へ向かう出発点とも言えるこの駅で巡礼者の姿を見かけることは、取り立てて不自然なことではないし、不思議なことでもないだろう。
 にもかかわらず、それでも僕が不思議な現象と思ってしまった要因は、その巡礼者の男性のもっている空気だった。俗にいうオーラというものだろうか。どことなく清楚で優しげな雰囲気を感じさせる方だったが、それでいて「孤高の人」とでもいったらよいのだろうか、とても強い何かを心に秘めているような・・・、そんな空気を感じたのだ。おそらく巡礼、殊に歩き巡礼には相当ご経験がおありのように思えた。生っ粋の巡礼者。
 そして、より衝撃を受けたのは秩父という霊場についてであった。この男性のような巡礼者が訪れる霊場であるならば、相当霊験あらたかな場所に違いない。そんなところから「御呼び」がかかったなんて。
 そう、しょっぱなからこういう出会いがあるということから考えても、やはり「御呼び」はあったのだ。


 なんだか気が張り詰めてきた・・・。妙に緊張する。


 
 8時49分発の急行列車がいよいよ出発しようとしていた。慌てて車内に駆け込む。

 車内に乗り込む前に何両か車両の横を通り過ぎたが、最初の車両の座席にあの巡礼姿の男性が座っていた。いつもの僕なら、というよりも、四国で巡礼しているときの僕だったなら、気軽に同じ巡礼者の彼に話しかけていた筈だった。今回はなぜかそれができなかった。これから向かう秩父という場所に対して緊張感を持っていたからかもしれないし、空恐ろしさのようなものも感じていたからかもしれない・・・。


飯能行きの急行列車






『飯能へ向かう急行列車。いよいよ東京を出発し、秩父市へと向かう。』

秩父三十四ヶ所観音霊場巡礼 第3回

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歓楽街と巡礼

 僕が目指していたのは池袋2丁目にあるカプセルホテルだった。予算の関係上、どうしてもこの池袋での一泊は安値で抑える必要があったのである。その池袋2丁目に行くには駅の西口を出て大通りを西に向かってまっすぐ歩いていくのがよかったのだが、こともあろうにその大通りとは距離の空いた南口から出てしまったのだ。駅の構内の雑踏から逃れたくて、とにかく外に出たいと思いフラフラ歩いているうちに南口を見つけてしまったわけだ。一旦外に出てしまうともう方角の感覚が狂ってしまい、目的地とは全く違う方向にむけて歩きはじめていた。
 もう道に迷ってしまったといっていいのだろう。どっちがどの方角なのかさっぱりわからなくなっていた。見知らぬ土地で迷子になるという状況は通常は不安を掻き立てるものだが、最近は不安どころか無性にワクワクするのだ。出会ったことのない場所を歩く楽しさ、目的地を探すというまるで難解なパズルを解くような楽しさがある。効率良く目的地まで最短距離で行くよりも、迷いながらあちこち歩いたほうが初めて出会った場所との縁も深まるというものではないか。
 30分ほどウロウロしているうちに池袋2丁目への行き方がわかってきた。「解けた、解けた!」とパズルをクリアしたようなささやかな達成感が湧いてくる。当人としては気分よく街中を歩いていたのだが、傍から見れば「大きなリュック背負って街中ブラブラして・・・、この人って一体?」といったかんじだったのかもしれない・・・。  

 池袋警察署や東京芸術劇場を通り過ぎると、やがて大きな交差点に出る。この辺りは雑居ビルなども多く、とにかく賑やかなエリアだ。三連休の期間中ということもあって、多くの人が通りに溢れていた。特に若い人たちの姿が目に付く。交差点を西へと折れ更に細い路地に入る。狭い通りに飲み屋さんが立ち並び、車や人がひしめきあっている。そんな都会の路地裏の景色の中に探していたカプセルホテルはあった。
 フロントで宿泊の手続きをしロッカーに荷物を置くと、夜食を摂りに再び夜の街へと繰り出した。先ほど通った大きな交差点に戻り、手頃な食堂を探しながら駅のある方角に向けて歩いていく。遅い時間帯にもかかわらず、街は活気に溢れていた。こんな夜の空気に触れるのも久しぶりだ。
 夜食を済ませカプセルホテルへ帰る途中にふと、四国の徳島の夜の街を思い出した。巡礼に向かう前夜に夜食を摂りに歓楽街をブラブラ歩いていたあの時の行動と今の自分の行動とが妙に重なり合うからだろうか。

 (巡礼のはじまりはいつも歓楽街から・・・。そんなかんじやなあ・・・。)

 思いおこせば、初めて四国遍路をしに徳島を訪れた時も最初に自分を迎えてくれたのはあの歓楽街だった。あの街から僕の四国巡礼の旅は始まったように思える。そして今回の秩父巡礼の旅も、この池袋の夜の街から始まるのだと言えるだろう。巡礼の世界と歓楽街。一見、対極的とも思えるこの2つの世界が、僕の行う巡礼の旅の中ではいつも一括りとなる。その組み合わせが妙に面白い。なんだか自分らしくて笑える。


 翌朝の起床は8時前となった。予定では遅くても6時半には出発するつもりでいたのだが完璧に寝坊してしまった。まあ巡礼の初日は毎回こんなものである。寝過ぎてしまったものはしょうがない。ホテルを出発して駅の方角へ向かって朝の街の通りを歩く。
 街は夜とはまた違った表情を見せている。あの妖しげで異様なパワーを振りまいていた街の表情は何処へやらといった感じだ。ただ通りにはやはり様々な多くの人達が行き交っていた。

 街には多種多様なものが存在している。多くの人達が抱える様々な思い・・・、喜びや悲しみ・妬みや怒り・優しさや希望。新築された建物もあれば朽ち行く建物もある。色々なものが混在する街の景色。それは人間の本質が作り出した人間臭い景色といえる。そこには人の心の織り成す「曼荼羅」のようなものがあるのかもしれない。

 そんな街の景色に別れを告げながら、池袋駅西口へと脚を急がせた。 

 池袋の朝


『全ての人間に仏性というものが備わっているならば、この街の景色も仏の作り出した世界と言えるのだろうか・・・。様々な人の「業」が街を動かし、その中で人は成長してゆく。「街」という世界は人というものを改めて教えてくれる。』



六根清浄

1969年4月20日生まれ

京都市在住
2007年5月から始めた区切り打ち四国歩き遍路も4年目をもちましてようやく結願いたしました。支えてくださった皆様に感謝です。2巡目の構想も視野に入れながら、さらに日本の各地を「歩き旅」で訪れてみたいと考えています。自称『歩き中毒患者』(笑)


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