気ままに歩いて候。

あせらず、くさらず、歩いていきましょう。 2007年5月の連休から始めた区切り打ちの四国歩き遍路の思い出を綴った記事を中心に掲載しています。

洛陽三十三ヶ所観音巡礼

洛陽三十三ヶ所観音札所めぐり 第4回

第二十八番札所 壬生寺中院(中院本堂) 
  御本尊 十一面観音菩薩
  御詠歌 しゃくじょうの おとなりひびく みぶでらに ごうりきするは このほとけなり


 次に向かったのは、壬生寺でした。壬生寺といえば、新撰組や壬生狂言で有名ですね。長圓寺から壬生川通りを北へ少し歩いて行くと、左手に壬生寺の正門が見えてきます。ちなみに八木邸や新徳寺など新撰組にゆかりのある場所もこの界隈にあります。あまりにも有名ですし、今回は別に新撰組のことについて述べる訳でもありませんので、その辺は省略させていただきましょう。


壬生寺正門


 『もう何度も訪れている壬生寺ですが、
  壬生狂言はまだ見たことがありません。
  地元住民として情けない次第です・・・。』

 中院は、正門をくぐって少し歩くと左手に見えてきます。残念ながら堂の中に入っての参拝はできませんでしたが、窓越しに中を拝見させてもらうと、広い座敷の間の奥に中院本尊の十一面観音菩薩様のお姿を見ることができました。ちょっと遠目でお顔のほうまではよく見えませんでしたが・・・。外からではありましたが、般若心経を一反あげさせていただきました。

壬生寺中院


 



 納経所で御朱印を貰って、とりあえず本日の巡礼はこれにて終了です。この時点で夕方の4時。もう一箇所くらいは廻れたかもしれませんが、あまりあわただしく参拝するのもよくないのではないかと思いました。まあ切り上げ時でしょう。次はもう少し家を早く出ようかと思います。元来のんびりやですから、何事につけても行動が遅いのです、いけませんね!!巡礼はやはり、朝早くから行わなければいけません。次回は気合を入れ直します。観音経も次回までには少しでも勉強しておきたいですね。

 せっかくですので、本堂にもお参りさせていただきました。御本尊は延命地蔵菩薩様です。壬生寺周辺の通りを歩いていますと、小さな堂を時折見かけますが、御祀りされているのは延命地蔵菩薩様です。この地域の方々が、昔から壬生寺の御本尊を慕い信仰されてきたのだなと感じます。

壬生寺本堂

 
 



 

 釈迦堂を抜けると、新撰組隊士の墓所があります。近藤勇の遺髪塔や芹沢鴨等の墓がありますが、もともとは違う場所から移転されたらしいのです。壬生寺よりも少し南の共同墓地にあったものを移転したそうです。新撰組といえば、NHKで17日から「鞍馬天狗」のドラマがはじまりましたね!!(結局、新撰組の話題に触れることになってしまいましたが・・・。)

壬生寺釈迦堂

 『壬生寺釈迦堂。墓所へはここを通ります。
  売店にもなっていて、
  新撰組や壬生狂言に関連した商品なども
  売られています。』


 

平成洛陽三十三所観音霊場会 オフィシャルサイト

洛陽三十三ヶ所観音札所めぐり 第3回

第二十四番札所  長圓寺(観音堂)
  御本尊 聖観音菩薩
  御詠歌 いくちよも つきぬえにしの ちょうえんじ だいひのみてに つながるヽみは


 東寺での参拝を終え、東門を出ると、再び寒風を受けながら大宮通りを北に向かって歩きました。勝手知ったる京の町、市バスなどの交通機関は乗り慣れてはいるのですが、敢えて歩くことに拘りました。個人的な考えですが、やはり巡礼は脚で廻るほうがいいでしょう。札所でお参りする時に、清清しい気分で臨めますからね。そういう気分でお参りしたほうが、御利益もあるかもしれませんね!なにより健康にいい。これが一番の御利益でしょう。

 次に向かうのは二十四番札所長圓寺です。大宮通りを北へ歩く(ちなみに京都では北へ向かうことを「上がる」といいます)こと、30分程でしょうか。五条通り(国道9号線)を越えて、大宮松原のあたりで西へ曲がる。暫く歩いて行くと、壬生川通りとの交差点に出ますが、その交差点のすぐ手前に長圓寺があります。


長圓寺2長圓寺1







『 このお寺の存在は、巡礼を始めたこの日まで全く知 りませんでした。
 京都市民として、まだまだ勉強不足ですね・・・・。 』


 

 一礼して門をくぐります。こういう地元の小さなお寺に参拝に来たのは実は初めてのことでしたので、少し緊張しました。境内に入って、手前に本堂があり、奥に観音堂がありました。小さいですが、立派なつくりの観音堂でした。扉が閉まっていましたから、そばにあった納経所のほうに声をかけてから参拝させていただきました。

 「すいません、お参りさせてもらってもよろしいでしょうか?」

 「どうぞ、遠慮なく御参拝してくださいね。」


 堂の中に入り、畳の上に正座して、御本尊の聖観音像に手を合わせ般若心経をあげる、それから暫くは御本尊とゆっくりと対面させていただきました。
 
 堂の中の小さな仏間。静かでとても心が落ち着きます。そんな静かな空間の中心となっているのが、それほど大きくはありませんが、とても立ち姿の美しい観音様でした。東寺の食堂では人も多かったので、まわりに気を使いながらの観音像との対面でしたが、ここでは僕と観音様だけの「1対1」の対面する時間をもつことができました。とても安らぎのある時間でした。観音様の「慈悲の心」に触れたような??、そんな気持ちになりました。

 納経所で御朱印をいただきに行った時に、お寺の方が、「小さなお寺なんで、あまり人も沢山来なくて・・・。静かすぎて、すいませんね・・・。」とかおっしゃっていましたが、いやいや、とんでもないです。本当に落ち着いた立派なお寺でしたし、個人的には人の多いお寺よりも好きですね。そんな話をさせてもらいながら、この寺の参拝を終え、次の目的地へと向かったのでした。

 それにしても、なんともいえない優しげで美しい観音像でした。とても由緒ある観音様なのでしょう(三十三ヵ所の本尊にされているのだから当たり前でしょうが・・・)。

 『平安時代の頃、都に疫病が流行したが、時の大納言が名僧恵心僧都に1体の観音像の製作を依頼、宮中にて観音像を安置し祈願法要を行ったところ、たちまち疫病は鎮まった。この観音像が現在この観音堂の本尊である聖観音像で、疫病除けの霊験あらたかな観音様として祀られた。その後、観音像は比叡山に安置されることとなるが、応仁の乱後、三河の永安寺の住職であった開山上人浄阿清巌大和尚が都の諸寺の荒廃を嘆き、空き地に小庵を建立し、この観音像を比叡山から小庵に移し奉安された。これが、長圓寺観音堂の由来である。』
  (以上参考文献 「洛陽三十三所観音巡礼」平成洛陽三十三所観音霊場会発行)

洛陽三十三ヶ所観音札所めぐり 第2回

第二十三番札所  東寺(食堂)  
  御本尊  十一面観音菩薩
  御詠歌  らくようや たつねめぐりて まいるらん たれにとうじの うちのかんのん


 2007年1月14日の京都は、寒気厳しく、西に聳える愛宕山は白く染まっていたようです。自宅のある西京極から南西へ約1時間、時折みぞれの混じる寒風をうけながら、僕の脚は東寺へと向かっていました。
 この連休、昨年からの予定では四国巡礼を行っているはずだったのですが、仕事始めの疲れや、少し運動不足気味で体力に自信がもてなかったということもあって、四国行きを諦めたのでした。心身共に万全の状態をつくっておかないと、四国の道は歩けないと思ったのです。
 そのかわりといってもなんですが、以前から考えていた洛陽三十三ヵ所巡りを始めることにしたのです。動機のようなことは前回載せましたが、さて、どこから歩くのがよいのか・・・。札所に順番があることはあるようですが、僕はこの巡礼は気軽な気持ちをもって行いたいと思っていました。四国巡礼は「発心」「修行」「菩提」「涅槃」というように、それぞれの国にテーマのようなものがあるので、テーマに沿って順序よく進めていくほうがよいと思いましたから、札所の順番を守って歩いていましたし、これからもそうするでしょう。京都の観音札所を廻る場合は、もっと気楽なスタイルで歩きたい。気楽な気分で地元の観音様に逢いに行きたいと考えています。親しみをもちながら、何度でも廻れるようになれればいいと考えているのです。

 どこから歩くかと考えた時、やはり一番にしたいのが東寺でした。なんといっても、昔から馴染みのあるお寺ですし、お大師様もいらっしゃる。まあ、四国行きを中止したということで、なんとなく御影堂にお参りしたくなったということもあるのですが。なにはともあれ、まずは東寺に向かったのでした。

 やはり、休日の東寺は人が多い。この寒い気候でも参拝に来られる方は沢山いらっしゃいます。或いは観光客の方。東寺には毘沙門堂がありますが、この時期は七福神巡り(七福神を祭る寺社への巡礼)をされている方が多く、毘沙門堂へ参拝される人が結構いました。
 
 東門をくぐり、まっすぐ御影堂に向かい参拝させていただきました。

東寺御影堂1




『古くから馴染みのある御影堂の入口』


東寺御影堂2



『今日は障子が開けっ放しです
 なにか行事があったのでしょうか?』


 御影堂を参拝し、大師像にもお参りした後で、十一面観音菩薩が祀られている食堂へ。ここは納経所にもなっていまして、多くの参拝客が列をつくられてました。巡礼をはじめるにあたって納経帳を買い求めるため、僕もその列に加えていただきました。どの御朱印を求めておられるかは人其々です。東寺御本尊の御朱印を求める方もいれば、毘沙門天の御朱印を求める方もいらっしゃる。僕はもちろん十一面観音菩薩様の御朱印です。順番が回ってきましたので、納経帳に御朱印を頂く際に、「今日から巡礼を始めたいのですが、参拝の仕方はどうすればよいのでしょうか?」と納経所の方にお尋ねすると、「観音経をあげていただいてもよいですし、般若心経だけでもかまいませんよ。」と親切に教えてくださいました。
 観音経はよくわかりませんでしたから、今日は般若心経のみの参拝とさせていただきました。観音像の前で読経しながら、なぜ食堂に観音像が祀られているのだろうかと不思議に思ったりもしましたが・・・。

東寺食堂1東寺食堂2



 


 


 

 
 『 もともとの御本尊は国宝にも指定されていた千手観音像だったようですが、昭和5年の火災で損傷著しく、昭和8年の再建後に十一面観音菩薩が御本尊として祀られるようになったということです。千手観音像は現在は修復されて、宝物殿に移されて重要文化財の指定をうけているということです。春と秋になると特別公開されているそうです。
 食堂(じきどう)とは、元々僧侶の食事(じきじ)修行を行うためのお堂のことだそうで、これが食堂(しょくどう)の語源になったということです。』
  (以上参考文献 「洛陽三十三所観音巡礼」平成洛陽三十三所観音霊場会発行)



六根清浄

1969年4月20日生まれ

京都市在住
2007年5月から始めた区切り打ち四国歩き遍路も4年目をもちましてようやく結願いたしました。支えてくださった皆様に感謝です。2巡目の構想も視野に入れながら、さらに日本の各地を「歩き旅」で訪れてみたいと考えています。自称『歩き中毒患者』(笑)


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