今日は、僕が四国遍路というものに出会うきっかけのようなことについて書いていこうかなと思います。

 「お遍路さん」という人達のことをはじめて知ったのは、たぶん10代のころだったと思います。当時、ドラマなどでとりあげられたりしていて、その頃の僕は「ああ、こういう人達もいるんだな・・・。」と なにげない思いで見ていました。ただ、その異様ないでたち・・・。全身白装束で菅笠をかぶり、杖をついて鈴を鳴らしながら歩いているという・・・。お遍路さんについての知識がまるでなかった僕にとって、その姿は妙に心に焼き付いてしましました。その後、僕の両親が仏事のことは詳しかったので、「こういう人達なんだよ」ということを教えてもらい、四国遍路というのもがどういうものなのかということを漠然とではありましたが、初めて知ることとなりました。

 20代の何時頃だったでしょうか。もう亡くなってしまっていた母方の祖父が、若い頃に四国遍路をしていたということを母親から聞かされました。祖父の思い出は、僕が子供の頃のものしかないのですが、大変信心深い方だったということを記憶しています。祖父の影響もあったのでしょう、母も若い頃から信仰心が厚く、毎日欠かさず般若心経を唱えていましたし、今もその習慣は変わりません。子供の頃から、そういう親の姿を見てきたせいもあり、僕の心の中にも知らず知らずのうちに信仰心のようなものが根ざしていったように思います。今にして思えば、その信仰心のようなものに、今までの人生の時間をずっと助けられてきたように思うのです。
 30代になった頃でしたか。その母が四国遍路をはじめました。バスツアーを利用してのものでしたが、四国から帰ってきた母は生き生きとしていて、その度ごとに行った霊場の様子や体験したことなどを語ってくれました。祖父の足跡を追うという思いもあったようです。「お大師さんとの二人同行やけど、おじいさんも一緒に廻ってくれていると思うから、三人同行やな。」ということを よく言ってました。
 
 そういう母の話を聞いているうちに、四国遍路の世界というものに少しずつ興味が沸いてはいたのですが、実際に自分がやってみようという考えは、その時はありませんでした。もともと歩いて旅をすることは好きでしたし、若い頃は度々やっていましたので、ただ普通に旅行するのであれば「やってみるかな」と気軽に行くということもあったでしょう。ただ四国遍路というものは旅行というような性質のものとは一線を画するものがあります。巡礼の旅であり、修行の要素も多分に含まれている。そうしたものに対して、当時の僕は「ちょっと自分には敷居が高いものなんじゃないか・・・。」という思いがあったのです。遍路の世界というものには興味があるし、どういう世界かみてみたいという気持ちはありましたが、とても神聖な世界だというイメージがありましたし、自分のようなものが足を踏み込んでもいいのかなと思っていました。

 その僕が今年になって、突然といえば突然なのですが、ふと「四国で歩き遍路をやってみようかな」という気持ちになったのです。続きを読む