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秩父神社


秩父神社 柞の杜フェスティバルの様子





  【神楽殿・柞の杜フェスティバルの様子】


 ドンドン!ドンドンドン・・・!

 境内はたくさんの人で大賑わいだった。老若男女を問わず、様々な人達が楽しそうに神楽殿と呼ばれる舞台の方を眺めている。みんな何を見ているのだろうと舞台に目をやると、数人の赤い半被を着た小学生くらいの女の子達が和太鼓の演奏をしている。皆、顔はやや緊張した面持ちだったが、演奏の腕は大したものである。
 境内には大きなテントが幾つか張られていて、その下で多くの人達がやんやとざわめきながら舞台を見守っている。端には露店が並んでいて、その前を子供達が走り回っている。なんともいえない陽気な空気に圧倒されながら、はたしてここで何が行われているのかが気になった。

 (どうみても、神事ってかんじやないしなあ・・・。街のイベントなんやろか?)

 舞台には垂れ幕がかかっていて、「柞の杜フェスティバル」と書かれている。


 「柞の杜フェスティバル」とは秩父神社の氏子青年会主催によるイベントだそうで、年に一度、10月の第2日曜日に開かれているらしい。神楽殿に於いて様々な演目が催され、境内を訪れるたくさんの街の人を楽しませる。まさに「街をあげてのイベント」といったもののようだ。柞の杜とは、境内にある鎮守の森の名称である。
 そんな街の恒例行事が行われている日に偶然にも秩父神社を訪れてしまったわけだが、このイベントについて何も知らない僕にとっては、その絶妙な「巡り合わせ」がわかる筈もなかった。何が行われているのかひっかかってはいたが、このままここでじっとしている時間はない。時計を見ると、もう11時20分を過ぎていた。正午まであと三十数分しかない。はやく「番場町3丁目」を探さなければ・・・。時間に余裕があるなら本殿を参拝することもできたのだが、今回はどうも無理のようだ。境内の人ごみをかき分けて本殿へ行くには時間がかかりそうだった。御祭神様には申し訳なかったが、ひとまず境内から逃れることにする。

 足早に出口へ向かう途中、鳥居のそばに建っている手水舎が目に入った。屋根のつくりが妙に立派なので少し近寄って見てみたのだが・・・。立派なのは屋根だけではなかった。柱や屋根の下に施された彫刻のなんと見事なこと・・・!極め細やかで躍動感のある素晴らしい彫刻だった。これにはさすがに足を停め見惚れてしまった。


秩父神社 手水場


『 秩父神社の手水舎。お寺や神社でよく見かけるいわゆる手水場(参拝の前に手や口を清める場所)だが、ここまで豪華なものは初めて見たように思う。
手水場という場所は、寺社の境内の中では決して主役という存在とは言えないが、とても個性的で興味深い場所ではないだろうか。それぞれの寺社ごとに、特色があるというのか、其処に合った工夫というものが為されていて見比べてみたりすると結構面白いのだ。』


 手水舎がここまで凝った造りなら、本殿などはそれこそ言葉も出ないような素晴らしいものなのだろう・・・。そう考えるとこのまま境内を後にするのは惜しい気もしたが、なにせ時間がない。今回はやはり諦めることにした。また秩父を訪れた時には必ず参拝させていただこうと思いながら、秩父神社に別れを告げた。これから先、今回を除けば少なくともあと2回は秩父を訪れることになるだろう。秩父霊場を歩いて回りきるには4日か5日はかかるという。今回、巡礼に充てられる日数は2日。厳密に言えば1.5日といったところだろうか。それだけの時間で回ることができる範囲は限られている。秩父巡礼も四国遍路のように区切り打ちの形をとらざるを得ないのだ。だから秩父神社との御縁も今回だけでは終わらない筈だ。参拝する機会はこの先何度かは必ずあるだろう。

 
 ちなみに本殿についてだが、重厚な権現造り(日光東照宮などにみられる建築様式)となっており東西南北の壁面には名工・左甚五郎(江戸時代初期の彫刻職人)の手になる「北辰の梟」「つなぎの龍」「お元気三猿」「子育ての虎」などの見事な彫刻装飾が見られる。現在の社殿は1592年に徳川家康によって再建されたものらしく、県の指定文化財となっているようだ。手水舎を見た時の感動は、まだまだ序の口だったといえる。仮に本殿を参拝していたなら、どれだけの時間足を停めることになったか想像がつかない・・・。
 そして、今回は幸運にも氏子青年団主催のイベントを拝見させていただいたが、このイベント以外にも秩父神社には年間に様々な神事が行われている。その中で全国的に最も有名なのが毎年12月の3日に開かれる「秩父夜祭」で、国の無形民俗文化財に指定されている。
(秩父神社の詳しい情報はこちら  秩父神社公式HP http://www.chichibu-jinja.or.jp/