昨年の5月の遍路体験記のつづきをはじめたいと思います。安楽寺の参拝を終えて、十楽寺へ向かうあたりの話からはじめていきます。 


 十楽寺への道程は、そんなに距離もなく時間もかかりませんでした。安楽寺の山門から県道12号線へ出る。県道を少し歩いて右手の脇道に入る。静かな村落の中をしばらく歩いていくと、まもなく十楽寺が見えてくるのですが、途中、立派な神社を見かけたのでした。

 門には熊野神社とかかれている。四国に来て熊野神社を見るのは、これが初めてでした。熊野神社と言えば、わが地元京都にも東山七条下がる今熊野の地に新熊野神社、東山丸太町上がる聖護院の地に熊野神社の二社があります。熊野信仰について知識のなかった子供の頃は、「熊野」という地名は京都にしかないものだと、とんでもない勘違いをしていたものでした(笑)。「熊野」という名称にはそういう事情もあって親しみを感じています。
 昔から神仏両詣りがお遍路の慣しとか。この神社を訪れた時の僕は、恥ずかしながら、こういう慣しについて知識がなかったものですから、参拝はしませんでした。ただ、この神社の立派な佇まいに暫くの間脚を止めて眺めていました。


 程なく歩いて7番札所十楽寺の山門が見えてきました。丁度、正午を過ぎた頃でしたので、そろそろ昼食でもとりたいなと辺りを見回すと、御寺の向かい側にうどん屋さん(だったと思うのですが・・・)がありましたので、「まずは参拝を済ませて、それからあそこで御飯にしようかな」と思いながら、山門をくぐり中に入っていきますと・・・、御寺が経営されている食堂がある。

 (ああ、もうここで食べてしまうか・・・!!)

 やはり空腹を抱えながらの参拝はよくない、まずは腹ごしらえと思い直し、食堂のドアを開けて中に入ってみますと・・・。広くて綺麗な食堂でしたが、店員の姿も見えずお客さんも一人もいない・・・。

 (あー、ひょっとして個人で入ったらあかんところやったんかいな・・・。)

 しまったと思いながらも、入ってしまったからには食べるしかあるまい、バチは当たるまいと思い、荷物をイスに置き、店員さんが出てくるのを待っていましたが、出てこられる気配もなく・・・。
 ふと、テーブルに呼び鈴があるのを見つけたので、なんの気なしに押してみると・・・。かなり!!大きな音が鳴ってしまったのでした!!慌てて奥から店員の女の子が飛び出してこられたので、

 「・・・すいません、・・・カレーライスいただけますか??」

 と、仕方なく注文させてもらいました。

 うーむ・・・、やはり個人客対象の食堂ではなかったのでしょうか・・・。また失態を犯してしまったかと悔やみつつも注文したからには食べるしかあるまいと開き直って食事ができるのを待っておりました。

 辺りをみると、壁に弘法大師、お大師様の大きな肖像画が飾られていました。それを見て・・・。そういえば、自分は弘法大師空海という人について、どれだけのことを知っているのだろうか・・・、ふとそんな根本的な疑問が頭に浮かんだのでした。遍路道を歩きながら、「お大師様、お大師様」と心の中でつぶやいてはいましたが、本当にどういう人だったかをちゃんと理解できているのだろうか・・・、おおまかに、どういう人生を送られたかということについては、だいたいわかっていたつもりでしたが、例えばお大師様の仏教観、生前に記された幾多の書についてなど、まだまだ深いところまでは勉強し足りないのではないか・・・。そういうことを勉強して遍路をすれば、よりお大師様を身近に感じることができるのではないか・・・。改めて、自分の浅はかさに反省させられました。今回はもう仕方ない、でも次に四国に来る時は、もう少しお大師様について勉強しておこうと思ったのでした。

 食事を済ませ、一通り参拝を終えたあとで、さて納経所はどこにあるのかなと辺りをキョロキョロしていますと、近くのベンチに座っておられたおじさんが、「納経所だったら、あっちだよ」と気さくに声をかけてくださいました。そのおじさんは荷物を持っておられない御様子から、車で札所を回られている方のようでしたが、手段こそ違え、同じお遍路さんです。同じ仲間なのです。どこの札所でもそうですが、同じ仲間同士、助け合っていこうじゃないか・・・、そういう温かい雰囲気というのがあるのです。本当にありがたい事で、また元気をいただいたなという気持ちになれる。そして、こちらもなにかできればなと・・・。普段の生活の中では忘れてしまっていた「慈愛」の気持ちというものが自然に湧き出てくるのです。こういうところも遍路の世界の魅力のひとつといえるでしょう。願わくば、普段の生活の場でも、こういう気持ちをもちながら日々生きていきたいものですが・・・。

 

 ● 第七番札所 光明山 十楽寺
   
    〔御本尊〕 阿弥陀如来
    〔御真言〕 おん あみりた ていせい からうん 
    〔御詠歌〕 人間の 八苦を早く離れなば 至らん方は九品十楽