地蔵寺で二度目の参拝を終え、今度は忘れずに納経所に行き、御朱印を貰いました。御朱印を貰った時は、やはり、うれしかったですね。実をいうと、前の日の晩に「この際、地蔵寺の御朱印は諦めるか・・・。明日は地蔵寺から歩くのはやめにして、安楽寺から歩くことにしようかな・・・。」と、一瞬ではありましたが、正直そういうことも考えてしまったのです。でも、やはり地蔵寺への打ち直しは正解だったと思います。あのお坊さんにも会えましたし、ここまで来る間に色々なことを考えることもできましたから。やはり5番から打ち直すということは「御導き」だったのでしょう。

 境内を出る前に、もう一度、御本尊の勝軍地蔵菩薩様を拝見しに本堂に行きました。何度見ても凛々しい御姿です。2度、此処を訪れたということで、御本尊様にも御縁のようなものを感じました。ひょっとしたら、御本尊様が「もう一度来なさい」と呼んでくださったのかもしれませんね。いつになるかはわかりませんが、将来、もう一度地蔵寺には訪れたいと思います。五百羅漢のほうも参拝する暇がありませんでしたから。

 大師堂の前にテントが張られていて、テーブルの上に沢山の瓦が積まれていました。瓦には一枚一枚に参拝者の名前が書かれている。少し興味が湧いて、テーブルのほうに近寄って確認してみますと、

 「本堂(又は大師堂でしたか・・・)の屋根修繕の為、参拝者の方々の御寄付を募っています。瓦には御寄付された方のお名前を記させていただいております。 一枚1000円。」

 今となってはかなり記憶が曖昧なのですが、そんな意味の書かれた紙と寄付をされた方々の名前の書かれた紙がテーブルに置いてありました。四国霊場を訪れる参拝者の方の数は多いとはいえ、それぞれの札所の御寺も経営面では御苦労なさっているのだなとこの時初めて感じました。僕も一枚分寄付すればよかったのですが・・・。金銭的にあまり余裕がありませんでしたし、先のことを考えれば、早く出発したかったというのもありましたから、御寄付のほうは見合わせました。今思えば、なんでしなかったんだと悔やまれます。御本尊様に御縁があるなどと感じながら・・・、薄情なものですね・・・。まだまだ修行が足りなかったのでしょう。やはり将来、地蔵寺には、そういうことを含めてもう一度行かねばならないと心に堅く誓っております!!


 境内を出て、山門に一礼し、地蔵寺をあとにしました。

 次の安楽寺への道は昨日歩いたことで、すっかり頭の中に記憶されている。迷う心配はまずありません。これも、あの御婆さんの御蔭ですね。御婆さんと二人で歩いた道を今日は一人で歩く。昨日は話しながら歩いたということで、見過ごしていた道の景色などをゆっくり味わいながら。歩く速さは脚の痛みもあり、御婆さんと歩いていた時の速さと変わらない。健脚のお遍路さんが何人か僕を追い越していく。脚がこうなっている以上、仕様がないですね・・・。元気よく歩きたくはありましたが。でも、そんなこともどうでもよくなっていました。歩く姿は他人から見れば、実に無様なものかもしれません。痛々しいものかもしれない。外見はそうですが・・・、気持ちは本当に晴れ晴れとしていました。なんとか歩くことができる、そして昨日にひきつづいて遍路の世界を今日も歩いていくことができるのです。それだけでいい。けっして速くは歩けないし、脚を踏み出す度に痛みがつきまとう。それでも一歩一歩歩いて行こう。こうやって遍路道の地面を踏みしめ、周りに広がる心和む景色に触れながら、途中で出会う人たちと挨拶を交わしながら、ただただ歩いていることだけで充分なのです。また、そういう周りの世界が僕に力を与えてくれる。どこまで歩くかが問題じゃない。今いるこの時間を体感できる、その幸せを感じることが一番大事なのだ。

 そして、なにより心強い助けになってくれるのが金剛杖です。昨日は、「御大師様の分身」であるこの杖をあまり粗略に扱ってはいけないという思いがありましたから、少し遠慮がちに使っていました。力一杯握ったり、力強く地面を突きながら歩いたり、あまりそういうことはしていませんでした。どうも「御神体」のようなイメージがありましたから。
 しかし、今日は全面的にこの杖に頼らなければいけない。そうしないと、とても一日歩くことは困難です。「御大師様の分身」に体を預けながら一日を過ごさねばなりませんでした。とても申し訳ない気持ちでいっぱいでした。

 (どうも、すいません・・・。自分が不甲斐ないばっかりに。)

 
 思えば、この時から、僕と金剛杖の本当の付き合いが始まったのでしょう。体の重みも、痛みも、心に湧き上がるつらさや迷い、そういった全てのものを、この杖に預けていくことになるのです。これから先、この日も、そして8月・9月・11月に行った遍路の旅でも。体から滲み出る「負」の要素全てを金剛杖に預けることになってしまうのですが、どんな時でも、この杖は文句のひとつも言わずに、いつも僕を助けてくれました。杖に宿る御大師様が助けてくださったのでしょうね。つらい時ほど、「同行二人」の意味というものが心に染みたものでした。

 この日から、金剛杖というものの存在が、「御神体」のようなイメージから「戦友」といいましょうか、「朋友」といいましょうか・・・。そういう親しみやすいものに変わっていったのです。
 御大師様という存在も親しみを込めて感じられるようになりました。(「戦友」「朋友」とは言いませんが!!)どんな時でも気軽に心の中で手を合わせて感謝の言葉の言える、そういう「お大師さん」と呼べるような、本当に身近に感じられる存在となったのです。