久しぶりになりますが、5月の四国遍路の体験談のつづきを話していきたいと思い
ます。


 9時15分、麻植塚駅に徳島行きの電車が到着しましたので、早速乗車。牛島・下浦の駅を過ぎると、目的の石井駅に着きました。およそ、時間にして15分か20分ほどだったと思います。
 電車は2両編成のワンマンカーでした。前にも述べたと思いますが、地方のローカル線には、このタイプの車両が多いですね。普段、こういうタイプの車両には乗り慣れていないものですから、どうも戸惑いがありました。料金の支払いには特に・・・。麻植塚駅は乗り場のみの駅でしたから、切符を買う場所がありませんでした。運賃はどうなるのかと思いながら、他の利用客の様子を見ながら電車に乗り込んだのですが、みなさん、普通にそのまま電車に乗り込んでいかれる。そして、そのまま、座席についたり、吊革を握ったりして電車が動くのを待っておられる。

 (運賃はどうなるんやろ・・・。みなさん、事前に切符を購入してはるんかな・・・。)

 ほどなくして電車が動き出しました。しばらくすると、出入り口にある整理券を発行する機械が機動しはじめました。次の牛島駅から乗り込んできたお客さんは、皆、整理券をとって車内に入っていかれました。
 
 (ああ、バスと同じシステムやなあ・・・。)

 なるほどねえ、と納得しましたが、それにしても整理券を持っていない自分はどうなるのでしょうか?他のお客さんも大丈夫なんでしょうか?乗り慣れている他のお客さんは大丈夫かもしれませんが、僕はひょっとしてヤバいんじゃなかろうか・・・!?そんなことを考えている内に、電車は石井駅に到着しました。

 (みんな、どうやって料金払わはるんかな・・・。自分だけ、ヤバいことになるんとちがうかな・・・。)
 

 
 あれこれ考えながら、多少緊張して電車から降り、改札口のほうに向かいました。他の乗客の様子を見ながら自分は最後に改札を出ようと思い、改札口の様子をジッと見ていました。とりわけ、同じ麻植塚駅から乗った人の様子に気をつけながら・・・。整理券を駅員さんに渡して運賃を精算してもらってる人もいます。そういう人がほとんどでしたが、さて、同じ麻植塚駅から乗った人の順番が回ってきましたので、気合を入れて見ていましたが、

 「・・・麻植塚駅からです・・・。」

 「そうですか、では〜円です・・・。」

 ・・・実に簡単に改札を抜けていかれました。いやー・・・、なんというのか・・・。しばらく呆然としてしまいましたが、突っ立ってるわけにもいきませんので、改札に向かいました。どうやら僕が最後でした。

 「・・・あの、お、麻植塚駅からです・・・。」

 「はい、〜円ね。」

 無事、改札は抜けましたが・・・。複雑な心境になってしまい、ベンチに荷物を置いてまた呆然としていました。はっきり言って、カルチャーショックでした。

 心に去来する二つの思いがありました。ひとつは、「やっていけんのか、JR」という素朴な疑問でした。整理券を改札で渡す乗客についてはともかく、口頭で「〜駅からです。」というようなシステムは、ちゃんと採算が合うのでしょうか・・・。駅員としては、これはもう全面的に乗客を信用するしかないわけですね。仮に乗客が間違ったことを言っても、もうその言葉を信用するしかない。このシステムを維持し続けてるということは、ある意味物凄いことです。昔からこのやり方でやってきているということは、ちゃんと採算が合っているということでしょう。つまり、乗客と駅員の信頼関係がしっかり築かれているということでしょうね。ふたつめに思ったことは、そんな信頼関係への感動でした。性善説に基づいた人間関係が、この地域にはしっかりと息づいている。「やっていけんのか」と考えてしまった自分というものの存在がとても小さく思えたのでした。朝から、とても考えさせられる出来事を体験してしまった。地元の人から見れば、「そんな、おおげさな・・・」ということにもなるのでしょうが・・・。とにかく感動しました。やっぱり、ローカル線って偉大ですね・・・!!

 荷物を背負い、駅の北側へ廻り、北へ伸びている県道34号線と向き合いながら、

 「さて、どうするかな・・・。」

 しばらく考えました。

 この駅からなら、県道を北へ行くバスにも乗りやすい。今の体のコンディションを考えると、ここは無理をせずにバスを利用したほうが利巧なのではないか、そうも考えましたが・・・。

 「やっぱり歩いていくことにしよ!!」

 ウダウダ考えるのも面倒でしたし、バスを待つ時間もまた面倒でしたし、まあここはウォーミングアップのつもりで歩いてみるのも悪くはないだろう。そう考えて、歩きはじめたのでした。遍路道を歩くことが一番の目的ではありますが、先程改札口で感じた感動、性善説が息づくこの地域というものを歩いてみたくなったのでした。更に言うと、自分でそういうことを考えたというよりも、心のどこかから、「歩きなさいよ」というような声が聞こえたような気がしたのです。

 結果的にこの地蔵寺までの道程を歩いたことで、筋肉がほぐれて体も動かしやすくなりましたし、両踵のマメの痛みにも慣れることができましたから、遍路道はなんとか普通に歩くことができたのでした。