2008年12月31日 大岐〜下ノ加江

 朝の穏やかな陽光を浴びながら、独り国道を北へと向かう。昨日の朝のような焦りも不安もない。ただ目の前に伸びる道をひたすらに、ゆっくりと歩く。上空に広がる青い空や雲を見れば、「ああ、きれいだな」と素直に感じることができるし、擦れ違う人には笑顔で「こんにちは」と声をかけることもできる。なにやら本来の自分の遍路ができているようで、嬉しくもあり一安心する。今日は一年で最後の日。とても穏やかでいい一日になりそうな予感がある。
 思えば、昨日一人で歩いていた時のせわしなさは一体なんだったのか。あの時の自分の様子がまるで嘘のように感じられる。今朝の自分の気持ちはさざ波ひとつ立っていない海のように落ち着いている。昨日は大荒れとは言わないまでも、威勢のいい波が絶え間なく沸き起こっていた冬の海といった心持だったのか。「岬には昼までに…」「夕方にはなんとか宿へ…」、そういった『予定』というようなもので自分を追い詰めていたのだ。予定を気にしながらあくせく歩く自分の姿も久しぶりだった。まるで遍路をはじめた頃の未熟な自分というものが久しぶりに還ってきたかのようだった。存外、未だにそれが等身大の自分の姿なのかもしれない。普段の生活の中では、やはり諸事に気をとられ、懸命にもがいている自分というものが確かにいる。そんな自分を改めて確認し、反省するいい機会であったのかもしれない。足摺岬までの行程はそう捉えると、実は意味深いものだったのだと少し考えさせられたりもする。

 道なりに進んでいくと、やがて左右に道が別れていく。向かって左(西の方角)の道は「ふるさと林道 大岐中益野線」と呼ばれる道であり、竜串方面へと伸びている。「ふるさと林道」という名前の響きに誘われて少し歩いてみたい衝動に駆られるが、今回は諦めてそのまま国道を進む。大きく右に曲がる国道の斜面は、やがて緩やかな登り勾配となる。
(…ここって、こんな坂道やったっけ?)
 一昨日歩いたばかりの道だが、まるで記憶が飛んでしまっている。恐らく疲労も溜まっていたし道も真っ暗だったので、勾配など気にかける余裕もなかったのだろう。
 右手の視界が拓けてきて海が眼下に見渡せるようになる。風が波の音を耳元に運んでくる。海の方を眺めながら歩いていると、白い砂浜が目に入ってきた。大岐海岸だ。こうして少し高い位置から眺めてみると、改めて美しい海岸だと思い知らされる。広く伸びる砂浜のライン。海面に線を描きながら静かに進む波は、浜に打ち寄せると怒号のような音を立てて砕け散る。なんというか、まさに「日本の海岸といった感じだ。しばらく足を止めて海岸を眺めながら大岐の地に別れを告げた。


大岐海岸を眺めながら歩く大岐海岸に別れを告げて







 【 海を眺めながら国道を東へ 】          【 大岐海岸に別れを告げて 】



 左手に思い出深い建物が間近に見えてきた。まるで観光ホテルのような大型で白い建造物。一昨日の夕方にNさんと別れた場所である。建造物の手前には「海癒の湯」と看板の掲げられた茶色い屋根の温泉施設が見える。Nさんお気に入りの癒しポイントだ。
(Nさん、昨夜もここでくつろいでたんやろうな…。今朝はもうとっくに出発しやはったやろ…。今はどの辺を歩いてはるんやろうな。)
 Nさん、Kさんの足取りは気になるところだが、だからといって連絡をとるようなことはしない。彼らも無理に連絡をとるようなことはしないだろう。各人がそれぞれ、自分の遍路というものに向き合いたい気持ちを持っているし、それをお互いが理解している。「今どこにいるの?」「もう少しでそっちに着くから、ちょっと待ってて。一緒に歩こうよ。」といったような安っぽい呼びかけはしない。そんな行為が相手の遍路の中に土足で踏み入ることになるのだと承知しているからだ。
(ちなみに大型の白い建造物についてだが、サニーグリーンという名前のついた会員制のリゾートマンションということだ。紀州鉄道が管理している云々といったこともネットで調べてわかったが、こういった施設には僕自身はあまり興味も無いのでここでは詳細は省かせていただく。)


リゾートマンションと「海癒の湯」





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