気ままに歩いて候。

あせらず、くさらず、歩いていきましょう。 2007年5月の連休から始めた区切り打ちの四国歩き遍路の思い出を綴った記事を中心に掲載しています。

2009年03月

冬遍路 〜足摺岬・宿毛へ〜  (14)

2008年12月31日 大岐にて

 起床は午前6時半。しっかり睡眠がとれたせいか、昨日の疲労はほとんど残っていない。起き上がって軽く体を動かしてみるが筋肉痛も無く到って体は快調だ。いいコンディションで今回の遍路の旅の最終日に臨むことができそうだ。
 布団を畳んだり荷物の整理をしながら部屋の後片付けをしていると、7時前に宿のおかみさんが「食事の準備ができましたよ」と扉越しに声をかけてくださった。あのおかみさんの声である。「ああ、今朝は娘さん夫婦は手伝いに来られていないんだな」と思いながら、すぐ食間に向かう旨返事をする。何時でも出発できるように荷物の準備をしながら、部屋を見回す。二晩お世話になったこの部屋ともお別れだ。遍路というものを始めてから二晩泊まった部屋というのはここが初めてだっただけに、少し愛着が残る。
 廊下に出て隣の部屋を覗いてみると、既に綺麗に片付いている。やはりKさんは早い時間に宿を出発したようだ。彼は今どのへんを歩いているのだろうか・・・。あのKさんのことだ。多分、もうかなり先に進んでいるにちがいない。宿毛までの道中、彼に追いつくことはまず不可能に思えた。
 食間にはお膳の上に一人分の朝食が用意されていた。おかみさんに声をかけてから、腰を下ろして早速いただく。民宿の朝食の味というものは、寝起きの体を目覚めさせてくれるだけではなく、妙に心の芯まで癒してくれるような・・・、そんな美味しさがある。普段の僕は朝食というものを疎かにしているところがあって、それだけに余計癒しのようなものを感じてしまうのかもしれない。
 お膳の端には昨日同様、おにぎりの入った白いケースがさりげなく置かれている。2日つづけての温かい心配りに頭の下がる思いかした。食事を終えると調理場で細々と仕事をされているおかみさんにおにぎりの御礼を言う。「いえいえ…」と何気ない笑いを返してくれるおかみさん。皴だらけだが、屈託の無いその笑顔がとても神々しく見えた。
 部屋に戻り身支度を整える。いよいよ出発だ。再びおかみさんのいる調理場へと向かう途中、廊下の壁に架かった額縁が目に入った。古い表彰状が中に入れられている。それは50年程前に若き日のおかみさんが取得した調理師免許の表彰状だった。どうりで…、食事が美味しかったはずである。
 「そろそろ行きます」とおかみさんに声をかける。宿代を清算しながら、例の表彰状についてそれとなく聞いてみると、おかみさんは笑いながら、
「もう大昔に貰ったものだから…。その頃からずうっとここで民宿やってきましたけども、今まで泊まられたお客さんは大抵『料理がおいしい』って褒めてくださいました。それが嬉しくて、励みにもなりましたね…。この歳でこうやって働けるのも皆さんのおかげです。」
と、本当にいい笑顔を浮かべながら話してくださった。
 玄関まで見送りに来られたおかみさんに二晩お世話になった御礼を言う。またいらっしゃいと仰ってくださったおかみさんに思わず、
「あの、本当にいつまでも頑張ってくださいね…。僕等お遍路が安心して旅をつづけられるのも、おかみさんや皆さんが支えて下さってるからだと思っていますんで…。僕等のためにもいつまでもお元気でいてくださいね!」
と、柄にもない台詞を口にしてしまった。少々恥ずかしい思いもしたが、それでもおかみさんは「はい、がんばりますよ!」と笑顔を返してくださった。
 おかみさんや、あの以布利漁港で出会ったおばあさんにしてもそうだが、御高齢の世代の方々は実にエネルギッシュで、地元の遍路文化の牽引役(僕にはそう思えた)として本当に頑張っておられる。とはいえ、体力的にも厳しい部分はあるようだ。「団体のお客さんに対応するのは自分達ではもうしんどいですね」とおかみさんも話していた。そういった「できないこと」というのも残念ながら当然あるわけで、もうこれは仕方がないことではある。しかしながら、できる範囲で精一杯頑張っておられる姿には胸を打たれるものがあるし、ある種の凄味のようなものも感じる。僕等が歳をとっても、あそこまでは頑張れないだろう。ただ、おかみさん達の姿に少しでも近づくように歳を重ねていきたいと思うし、いつまでも元気を失わずにこれからも生きていきたいとも思うのだ。
 

 おかみさんに別れを告げて宿を出発した。清清しさが心の中いっぱいに広がっていた。おかみさんとの出会いもまた仏縁だったのかもしれない。あの笑顔にとても大切なものを教えられた気がしたのだ。それはこれからの人生の中で大きな指針になっていくかもしれない。あの宿に泊まったこともまた、今にして思えば御大師様の御導きだったにちがいない。
 空を見上げればいい案配に澄み渡っている。そして心の中も穏やかだ。とてもいい朝を迎えられたことが幸せに思えた。昨日の朝は少し道中の不安を抱えての出発となったが今日は大丈夫、独りで歩いてもいい遍路ができる筈だ…、そんな確信があった。なにを根拠にそう感じるのかはわからない。距離的にも時間的にも昨日に比べれば厳しい道中が待っているのだ。でも、昨日よりもいい精神状態で歩くことができるという自信があった。なんとなくだが。

 なにはともあれ、なんともいえないいい感じで四国での大晦日が幕を開けた。どんな一日が待っているのか。どんな年越しが待っているのか。期待に胸を膨らませながら、北を向いて国道をゆっくりと歩いていく・・・。


国道321号線を北へ




『 出発は午前7時半。本来ならこの日は早出するべきであったが、敢えて遅い時間に出発した。体調面を考えると少しでも長く寝て疲労をとっておきたかったのだ。時間に対してはもう開き直っていたといっていいだろう。
一年の最後を遍路で締めくくる、それだけでも贅沢だと思っていたのに、素晴らしい天候にも恵まれた・・・。ひたすら感謝である。 』

冬遍路 〜足摺岬・宿毛へ〜  (13)

2008年12月30日 大岐にて

 午後7時半をとうに過ぎていただろうか。やっとのことで僕等は大岐にたどり着いた。

 民宿の前で僕等は立ち止まり、お互いに一日歩いた労をねぎらった。そして・・・。Nさんとはここでお別れとなる。彼は昨晩泊まった野宿ポイントを目指すため、此処から更にあと20分程歩かなければならない。足の怪我の状態はどうかと聞いてみると、
「・・・痛みますね、かなり。でも温泉が痛みをとってくれるでしょう。昨日もかなり癒されましたからね。大丈夫です。」
 昨晩利用した温泉施設は、彼にとっては最高の癒しポイントとなったらしい。なんでも岩盤浴もできるとかで、予想以上の癒しを満喫できたということだ。今晩も野宿ポイントに行く前に立ち寄るつもりだが、問題はこの時間も開いているのか・・・、それが気がかりらしい。施設のおっちゃん(店番の人だろう)ともすっかり仲良くなっているらしく、最悪の場合はなんとかうまく言って入れてもらうよう頼んでみるつもりだから大丈夫だと前向きに語るNさんだった・・・。
「あともう少しなので頑張って・・・。そして明日もお互い頑張って歩きましょう。」
 互いの健闘を祈りながら、僕とKさんはNさんと握手を交わした。Nさん曰く、
「皆さんと一緒に歩けてよかった。今日、もし自分独りで歩いてたら多分大岐までは歩けなかったと思います。お礼言わせて下さいね・・・。」
 それはもうお互い様だと僕とKさんが言うと、彼は合唱しながら深々と頭を下げて、
「じゃあ行きます。宿毛でまた会いましょう。御縁があれば明日遍路道で出会うこともあるでしょうね・・・。」
 そう言って彼は去っていった。

 別れの場面には違いなかった。それにしても惜別の情が湧かない。

 実をいうと、僕達は携帯の番号を教えあっていた。だから遍路をしている間は連絡ぐらいはとれるわけである。そういった意味では、ここで縁が途切れてしまったわけではないのだ。翌日の晩に延光寺付近で落ち合おうという約束(状況次第では落ち合えない可能性も大いにあったので彼としては別れの挨拶をしておきたかったのだ)ができたのも連絡先のやりとりがあったからだ。物理的な視点で考えると縁はまだつづくわけだ。
 ただ「御縁」についてはどうなのか。「御縁」とは電話などの物理的な手段によって保たれる縁とはまるで次元の違うものだ。何故か不思議とある人とよく出会ってしまったり、ここぞという場面である人ととても意味のある出会いをしてしまったりする・・・、そんな人智を超えた縁のことだと僕は解釈している。NさんやKさんとの「御縁」が旅の最後までつづくのではないかという確信が生まれたと以前に述べたが、その確信があったからこそ、ここでのNさんとの別れに対して「さよなら」の感情が生まれなかったのだと思う。多分、どこかでひょっこり出会うだろう・・・。そんな予感があったのだ。

 Nさんの後ろ姿を暫く見送ってから、僕とKさんは民宿の玄関へと入っていった。
「おつかれさま。遅くまで歩いて今日は疲れたでしょ?」
 おかみさんが玄関口で出迎えて下さった。優しい呼びかけに、遅くなって申し訳ないと思うと同時にまるで我が家に帰ってきたような安心感に心が満たされた。

 昨夜の夕食は独りで黙々といただいたが、今晩はKさんがいてくれる。仲間と一緒に食べる夜食の味はやはり格別だ。箸を動かしながら、暫くはKさんと遍路の話で盛り上がった。
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冬遍路 〜足摺岬・宿毛へ〜  (12)

2008年12月30日 大岐へ その5

 真っ暗な夜道を僕等は再び一列に並んで歩いていた。やはり先頭を行くのはKさんである。相変わらず歩いている時は無口だが、落ち着いた歩きで集団を引っ張ってくれている。最後尾はNさん。持参していたペンライトで後方から足元を照らしてくれている。機転のきく彼らしい行動だ。
 僕の個人的感想なのだが、この大岐へ帰り着く途上で僕等はいわゆる「チーム」として完成度を上げていたように思う。性格は全く異なる3人ではあったが、それぞれが自分の特性を活かして互いを支えあっていたし、全てがうまく咬み合っていたのだ。夜を迎え体が疲労でクタクタになっていてもその連携は未だに機能している。これはもう完成されたチームと言ってしまってもいいのではないか。たかが半日一緒に歩いたくらいで何を言うかと笑われるかもしれない。しかし、たかが半日の時間で通常はこれだけうまく連携できるものだろうか・・・?改めてここで思い出されるのが「仏縁」という言葉だ。「仏縁」がもたらす巡り合わせの妙技には心底驚かされる。

 夜の遍路道を歩いていると、身をもって教えられることがある。「本当の夜の闇とはどういうものか」ということだ。夜とは本来は暗い世界であり無数の闇が存在するものだ。当たり前といえば当たり前なのだが、都会で暮らす僕達は闇というものに縁遠くなってしまっている。本当の夜の姿を知らないのだ。闇に対して人は恐怖心を抱き、やがてはその恐れる心は畏敬の心となる。夜の世界に対しての畏敬であり、自然に対しての畏敬である。その畏敬の念こそが人間を人間たらしめ、自然界に調和をもたらせてきた。田舎と呼ばれる地域には畏敬の心が残っているように思われる。夜の闇がまだ存在するからだ。田舎の朝は早く夜も早いと言われるが、そういった生活スタイルもある意味では夜の世界に対して人間は立ち入らないといった自然界への配慮の心が遠い昔から脈々と受け継がれてきた結果そうなったということではないだろうか。自然との共存。だから田舎の人は優しさや大らかさといった人間らしい要素を多分に持っている。都会ではそういった人間らしさは崩壊しつつある。それは「闇」という財産を失った故ではないか。

 夜の遍路道には現代でも無数の闇が残っている。歩くのには難渋するが、その難渋さを避けるためにお遍路さんは日が上がる時間に歩き始め日の沈む時間に宿入りする。太陽の光と共に行動するその旅のスタイルは、現代はさておき昔から人が繰り返してきた生活習慣に極めて似ている。陽光を受けながら一日を過ごす。それが人を人らしくしていた。お遍路をすると心に活力が湧くのは、知らず知らずのうちに人として本来あるべき生活習慣を歩く形で実践しているからなのかもしれない。太陽の光と共に生きる・・・、その生活習慣を生み出したものは「闇」を恐れる人の心だったのではないだろうか。「闇」は怖いものだとは限らない。そういった形で人に恩恵をもたらしている。また、僕達お遍路に対してもちょっとした恩恵を与えてくれるのだ。例えば・・・。

 ふと空を仰ぐと、満天の星空が果てしなく広がっていた。星のひとつひとつが、まるで生きているかのように生き生きと輝き頭上からなにかを囁きかけているような・・・。真っ暗な空に宝石が散りばめられたような・・・。見事な星空だ。僕達3人は息を呑みながら暫くは空を見上げながら歩いていた。

 これも「闇」のもたらす恩恵なのだろう。「闇」の少ない都会では、こんな空にはお目にかかれない。僕もこれまでの人生の中で見事な星空を目にする機会は度々あったが、その中で最も印象に残っている星空はふたつ。ひとつは若い頃、沖縄まで旅行した時に見た星空である。そしてもうひとつは、四国の遍路道で見た星空。まだ阿波の国の札所を回っていた頃のことだが、峠道を歩いているときに日が暮れてしまい辺りは真っ暗になってしまった。灯りというものが全く無く途方に暮れながら歩いていたが、そんな時に僕を励ましてくれたのは頭上に広がる星空だった。まるで星々が降ってくるのではないかと思われるような本当に綺麗な夜空だった・・・。このふたつの星空を見た場所には必ず「闇」が存在していた。「闇」とは「光」を引き立たせるもの。「闇」のないところに本当の「光」は存在しない。だから「闇」とは忌み嫌うべきものではないように思える。「闇」を身近に感じることで本当の「光」に出会うことができるのではないか。

「あれ、まるで天の川みたいですね。きれいだな・・・。」
 先頭を行くKさんが思わず呟く。
「ほんとにきれいな空ですよね。実は昨日の夜もこんな感じだったんですよ。海岸で一晩中星を眺めてました・・・。」
 Nさんが少し誇らしげに言う。
「そういえば、昨日僕と別れてからどうしてはったんですか?」
 Nさんに何気なく訊ねてみる。一晩中、空を眺めてたって・・・?まさかこの人、寝とらんのとちがうか・・・!
「いや、あれからですね。風呂も済ませて寝る場所も見つけて・・・。一安心したところで、少し海岸をブラついていたんですね。すると、あるサーファーの家族に出会いまして。その人たちも海岸でテント張って野宿してたんですけども、そこの親父さんに妙に気に入られましてね。一緒に酒でも飲まんかと誘われて皆さんと一緒に海岸で夜空を見ながら大いに楽しませてもらいました・・・。いい夜でしたよー・・・。」
 なんだかNさんらしい。この人は行く場所で必ず友達をつくってしまうという稀有な才能をもっているようだ。才能というよりは、大らかな性格の為せる業なのだろう。ある面、羨ましいと思う。僕には、そういった大らかさが欠けているからだ。

 自分にないものを持っている人だから、Nさんに対して僕は魅力を感じているのだろう。彼もひょっとしたら同じ事を僕に対して感じているのかもしれない。それはKさんにしてもそうだろう。お互い持っていないものに興味を感じて集い、そして補い合っている。それはまるで「闇」と「光」の関係に似通っている。其々の要素が自らの特性を活かして、お互いを引き立たせる。それが「バランス」というものなのだろう。
 人は自分の特性というものに自信をもてばいい。他人の特性を羨ましがり真似するのではなく、自らの特性に気付きそれを大切にする・・・。いつか自分の特性が人の役に立つことだってあるのだから。その日まで自分に自信をもって生きていけばいい。

 僕等3人が「チーム」としてまとまっていたことを考えると、僕のような人間でも仲間の役にはたっていたのではないか・・・。そう考えると、とてもうれしく思えるのだ。



六根清浄

1969年4月20日生まれ

京都市在住
2007年5月から始めた区切り打ち四国歩き遍路も4年目をもちましてようやく結願いたしました。支えてくださった皆様に感謝です。2巡目の構想も視野に入れながら、さらに日本の各地を「歩き旅」で訪れてみたいと考えています。自称『歩き中毒患者』(笑)


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