2008年12月31日 大岐にて
起床は午前6時半。しっかり睡眠がとれたせいか、昨日の疲労はほとんど残っていない。起き上がって軽く体を動かしてみるが筋肉痛も無く到って体は快調だ。いいコンディションで今回の遍路の旅の最終日に臨むことができそうだ。
布団を畳んだり荷物の整理をしながら部屋の後片付けをしていると、7時前に宿のおかみさんが「食事の準備ができましたよ」と扉越しに声をかけてくださった。あのおかみさんの声である。「ああ、今朝は娘さん夫婦は手伝いに来られていないんだな」と思いながら、すぐ食間に向かう旨返事をする。何時でも出発できるように荷物の準備をしながら、部屋を見回す。二晩お世話になったこの部屋ともお別れだ。遍路というものを始めてから二晩泊まった部屋というのはここが初めてだっただけに、少し愛着が残る。
廊下に出て隣の部屋を覗いてみると、既に綺麗に片付いている。やはりKさんは早い時間に宿を出発したようだ。彼は今どのへんを歩いているのだろうか・・・。あのKさんのことだ。多分、もうかなり先に進んでいるにちがいない。宿毛までの道中、彼に追いつくことはまず不可能に思えた。
食間にはお膳の上に一人分の朝食が用意されていた。おかみさんに声をかけてから、腰を下ろして早速いただく。民宿の朝食の味というものは、寝起きの体を目覚めさせてくれるだけではなく、妙に心の芯まで癒してくれるような・・・、そんな美味しさがある。普段の僕は朝食というものを疎かにしているところがあって、それだけに余計癒しのようなものを感じてしまうのかもしれない。
お膳の端には昨日同様、おにぎりの入った白いケースがさりげなく置かれている。2日つづけての温かい心配りに頭の下がる思いかした。食事を終えると調理場で細々と仕事をされているおかみさんにおにぎりの御礼を言う。「いえいえ…」と何気ない笑いを返してくれるおかみさん。皴だらけだが、屈託の無いその笑顔がとても神々しく見えた。
部屋に戻り身支度を整える。いよいよ出発だ。再びおかみさんのいる調理場へと向かう途中、廊下の壁に架かった額縁が目に入った。古い表彰状が中に入れられている。それは50年程前に若き日のおかみさんが取得した調理師免許の表彰状だった。どうりで…、食事が美味しかったはずである。
「そろそろ行きます」とおかみさんに声をかける。宿代を清算しながら、例の表彰状についてそれとなく聞いてみると、おかみさんは笑いながら、
「もう大昔に貰ったものだから…。その頃からずうっとここで民宿やってきましたけども、今まで泊まられたお客さんは大抵『料理がおいしい』って褒めてくださいました。それが嬉しくて、励みにもなりましたね…。この歳でこうやって働けるのも皆さんのおかげです。」
と、本当にいい笑顔を浮かべながら話してくださった。
玄関まで見送りに来られたおかみさんに二晩お世話になった御礼を言う。またいらっしゃいと仰ってくださったおかみさんに思わず、
「あの、本当にいつまでも頑張ってくださいね…。僕等お遍路が安心して旅をつづけられるのも、おかみさんや皆さんが支えて下さってるからだと思っていますんで…。僕等のためにもいつまでもお元気でいてくださいね!」
と、柄にもない台詞を口にしてしまった。少々恥ずかしい思いもしたが、それでもおかみさんは「はい、がんばりますよ!」と笑顔を返してくださった。
おかみさんや、あの以布利漁港で出会ったおばあさんにしてもそうだが、御高齢の世代の方々は実にエネルギッシュで、地元の遍路文化の牽引役(僕にはそう思えた)として本当に頑張っておられる。とはいえ、体力的にも厳しい部分はあるようだ。「団体のお客さんに対応するのは自分達ではもうしんどいですね」とおかみさんも話していた。そういった「できないこと」というのも残念ながら当然あるわけで、もうこれは仕方がないことではある。しかしながら、できる範囲で精一杯頑張っておられる姿には胸を打たれるものがあるし、ある種の凄味のようなものも感じる。僕等が歳をとっても、あそこまでは頑張れないだろう。ただ、おかみさん達の姿に少しでも近づくように歳を重ねていきたいと思うし、いつまでも元気を失わずにこれからも生きていきたいとも思うのだ。
おかみさんに別れを告げて宿を出発した。清清しさが心の中いっぱいに広がっていた。おかみさんとの出会いもまた仏縁だったのかもしれない。あの笑顔にとても大切なものを教えられた気がしたのだ。それはこれからの人生の中で大きな指針になっていくかもしれない。あの宿に泊まったこともまた、今にして思えば御大師様の御導きだったにちがいない。
空を見上げればいい案配に澄み渡っている。そして心の中も穏やかだ。とてもいい朝を迎えられたことが幸せに思えた。昨日の朝は少し道中の不安を抱えての出発となったが今日は大丈夫、独りで歩いてもいい遍路ができる筈だ…、そんな確信があった。なにを根拠にそう感じるのかはわからない。距離的にも時間的にも昨日に比べれば厳しい道中が待っているのだ。でも、昨日よりもいい精神状態で歩くことができるという自信があった。なんとなくだが。
なにはともあれ、なんともいえないいい感じで四国での大晦日が幕を開けた。どんな一日が待っているのか。どんな年越しが待っているのか。期待に胸を膨らませながら、北を向いて国道をゆっくりと歩いていく・・・。
『 出発は午前7時半。本来ならこの日は早出するべきであったが、敢えて遅い時間に出発した。体調面を考えると少しでも長く寝て疲労をとっておきたかったのだ。時間に対してはもう開き直っていたといっていいだろう。
一年の最後を遍路で締めくくる、それだけでも贅沢だと思っていたのに、素晴らしい天候にも恵まれた・・・。ひたすら感謝である。 』
起床は午前6時半。しっかり睡眠がとれたせいか、昨日の疲労はほとんど残っていない。起き上がって軽く体を動かしてみるが筋肉痛も無く到って体は快調だ。いいコンディションで今回の遍路の旅の最終日に臨むことができそうだ。
布団を畳んだり荷物の整理をしながら部屋の後片付けをしていると、7時前に宿のおかみさんが「食事の準備ができましたよ」と扉越しに声をかけてくださった。あのおかみさんの声である。「ああ、今朝は娘さん夫婦は手伝いに来られていないんだな」と思いながら、すぐ食間に向かう旨返事をする。何時でも出発できるように荷物の準備をしながら、部屋を見回す。二晩お世話になったこの部屋ともお別れだ。遍路というものを始めてから二晩泊まった部屋というのはここが初めてだっただけに、少し愛着が残る。
廊下に出て隣の部屋を覗いてみると、既に綺麗に片付いている。やはりKさんは早い時間に宿を出発したようだ。彼は今どのへんを歩いているのだろうか・・・。あのKさんのことだ。多分、もうかなり先に進んでいるにちがいない。宿毛までの道中、彼に追いつくことはまず不可能に思えた。
食間にはお膳の上に一人分の朝食が用意されていた。おかみさんに声をかけてから、腰を下ろして早速いただく。民宿の朝食の味というものは、寝起きの体を目覚めさせてくれるだけではなく、妙に心の芯まで癒してくれるような・・・、そんな美味しさがある。普段の僕は朝食というものを疎かにしているところがあって、それだけに余計癒しのようなものを感じてしまうのかもしれない。
お膳の端には昨日同様、おにぎりの入った白いケースがさりげなく置かれている。2日つづけての温かい心配りに頭の下がる思いかした。食事を終えると調理場で細々と仕事をされているおかみさんにおにぎりの御礼を言う。「いえいえ…」と何気ない笑いを返してくれるおかみさん。皴だらけだが、屈託の無いその笑顔がとても神々しく見えた。
部屋に戻り身支度を整える。いよいよ出発だ。再びおかみさんのいる調理場へと向かう途中、廊下の壁に架かった額縁が目に入った。古い表彰状が中に入れられている。それは50年程前に若き日のおかみさんが取得した調理師免許の表彰状だった。どうりで…、食事が美味しかったはずである。
「そろそろ行きます」とおかみさんに声をかける。宿代を清算しながら、例の表彰状についてそれとなく聞いてみると、おかみさんは笑いながら、
「もう大昔に貰ったものだから…。その頃からずうっとここで民宿やってきましたけども、今まで泊まられたお客さんは大抵『料理がおいしい』って褒めてくださいました。それが嬉しくて、励みにもなりましたね…。この歳でこうやって働けるのも皆さんのおかげです。」
と、本当にいい笑顔を浮かべながら話してくださった。
玄関まで見送りに来られたおかみさんに二晩お世話になった御礼を言う。またいらっしゃいと仰ってくださったおかみさんに思わず、
「あの、本当にいつまでも頑張ってくださいね…。僕等お遍路が安心して旅をつづけられるのも、おかみさんや皆さんが支えて下さってるからだと思っていますんで…。僕等のためにもいつまでもお元気でいてくださいね!」
と、柄にもない台詞を口にしてしまった。少々恥ずかしい思いもしたが、それでもおかみさんは「はい、がんばりますよ!」と笑顔を返してくださった。
おかみさんや、あの以布利漁港で出会ったおばあさんにしてもそうだが、御高齢の世代の方々は実にエネルギッシュで、地元の遍路文化の牽引役(僕にはそう思えた)として本当に頑張っておられる。とはいえ、体力的にも厳しい部分はあるようだ。「団体のお客さんに対応するのは自分達ではもうしんどいですね」とおかみさんも話していた。そういった「できないこと」というのも残念ながら当然あるわけで、もうこれは仕方がないことではある。しかしながら、できる範囲で精一杯頑張っておられる姿には胸を打たれるものがあるし、ある種の凄味のようなものも感じる。僕等が歳をとっても、あそこまでは頑張れないだろう。ただ、おかみさん達の姿に少しでも近づくように歳を重ねていきたいと思うし、いつまでも元気を失わずにこれからも生きていきたいとも思うのだ。
おかみさんに別れを告げて宿を出発した。清清しさが心の中いっぱいに広がっていた。おかみさんとの出会いもまた仏縁だったのかもしれない。あの笑顔にとても大切なものを教えられた気がしたのだ。それはこれからの人生の中で大きな指針になっていくかもしれない。あの宿に泊まったこともまた、今にして思えば御大師様の御導きだったにちがいない。
空を見上げればいい案配に澄み渡っている。そして心の中も穏やかだ。とてもいい朝を迎えられたことが幸せに思えた。昨日の朝は少し道中の不安を抱えての出発となったが今日は大丈夫、独りで歩いてもいい遍路ができる筈だ…、そんな確信があった。なにを根拠にそう感じるのかはわからない。距離的にも時間的にも昨日に比べれば厳しい道中が待っているのだ。でも、昨日よりもいい精神状態で歩くことができるという自信があった。なんとなくだが。
なにはともあれ、なんともいえないいい感じで四国での大晦日が幕を開けた。どんな一日が待っているのか。どんな年越しが待っているのか。期待に胸を膨らませながら、北を向いて国道をゆっくりと歩いていく・・・。
『 出発は午前7時半。本来ならこの日は早出するべきであったが、敢えて遅い時間に出発した。体調面を考えると少しでも長く寝て疲労をとっておきたかったのだ。時間に対してはもう開き直っていたといっていいだろう。
一年の最後を遍路で締めくくる、それだけでも贅沢だと思っていたのに、素晴らしい天候にも恵まれた・・・。ひたすら感謝である。 』