気ままに歩いて候。

あせらず、くさらず、歩いていきましょう。 2007年5月の連休から始めた区切り打ちの四国歩き遍路の思い出を綴った記事を中心に掲載しています。

2008年11月

秩父三十四ヶ所観音霊場巡礼 第8回

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「迷い」から「無心」へ

 秩父神社を後にして再びホテルのある番場町3丁目を探して歩き始めた僕であったが・・・。実は番場町3丁目は神社のすぐ傍だったのだ。神社の東隣に秩父まつり会館という建物があるのだが(このまつり会館では秩父神社の代表的な神事である秩父夜祭を再現したコーナーなどがあって、祭りとは関係のない時期に秩父を訪れた観光客にも祭りの全貌がよくわかるようになっている。僕は行かなかったが。)、その北隣の区域が3丁目だったのだ。詳しい地図など持っていない僕はそうとも知らず、よりによって南に向かって歩き始めた・・・。傍を通っている秩父鉄道の線路に沿ってブラブラと歩いていく。

(このへんが8丁目か・・・。で、この先は・・・、16丁目・・・?どうなってるんやろなー・・・。)

 しばらく線路沿いの区域を徘徊することとなる。線路を越えた更に東の区域を歩いてみたり、また北に戻ったりと・・・。これだけ歩けば3丁目の所在地に気がついてもよさそうなものだが、何故か全く気がつかないところが自分らしい。間が抜けているというか滑稽でもある。我ながら情けない。


秩父鉄道 沿線に沿って歩く

『秩父鉄道線路沿いの風景。
彼方に連なる山々が見えるこの土地の景色は盆地ならではのもの。京都盆地に生まれ育った僕にとってはとても親しみやすい風景である。山が見えると気分が落ち着くのだ。』


 あちらこちらをブラブラ歩いているうちに、いい加減探すのにも疲れてきたし時間のほうも気になってきた。そろそろキリをつけなければ・・・。探して出会えぬホテルとは所詮縁がなかったと割り切ろう・・・・(探し方に問題があるのだが)。
 番場町3丁目のホテルを探すことを諦めた僕は間近に聳え立つ大きなビルに向かって歩き出した。この界隈では最大級とも言える近代的な建物。秩父鉄道秩父駅である。

 (あの駅の向かい側にもホテルがあったと思うんやけど・・・。そこにしよか・・・。)

 結局、第2候補として目星はつけていた秩父駅前のビジネスホテルに宿をとることに決めた。料金は標準的といったところだ。少しでも経費を抑えたい僕としては、安いホテルで落ち着きたかったのだが・・・。時間の都合上、そんなことは言ってられなくなってきた。時は金なりともいう。宿泊料金のわずかな差額よりも巡礼に費やす時間のほうが貴重に思えたのだ。たとえ1時間であろうが2時間であろうが、無駄にしたくはなかった。歩き巡礼で過ごす時間はいつも僕にかけがえのないものを与えてくれる。それは決してお金で手に入れられるものではないのだ。
 

秩父鉄道 秩父駅



『秩父鉄道秩父駅。駅ビルの中には地場産業センターが入っていて、様々な郷土品やみやげものが販売されている。』


 ところで、僕がなぜ今回の旅で経費を抑えることに拘っているのかというと、巡礼にどのくらいのお金がかかるのかがはっきりわからないからだ。移動費や食費は計算外だ。移動は全て自分の脚で行うつもりだし、食事も質素なもので充分。忘れてはならないのは、納経帳と納め札を購入することだ。初めて秩父霊場を回るわけだから、秩父霊場の納経帳が必要になるし納め札も観音霊場用のものを買い求めなければならない。ただ、これらもどれくらいの費用がかかるかはだいだい察しがつくのでそんなに心配はしていない。
 問題は納経料である。札所で納経帳に墨書き・御朱印をもらうのには300円かかる。秩父霊場は札所間の距離が短い(30番以降は長くなる)ので、2日のうちにどれだけの札所を回ることができるのか、そこが予測がつかないのだ。多分、34ヶ所のうちのせいぜい3分の1・・・、10箇所くらいが限界だと思うのだが。それ以上回ることも可能かもしれない。ただそうなると納経料も結構なお値段となる・・・。せっかく秩父に来たのだから、できる限り多くの札所を回りたい、しかし懐具合の心配もしなくてはならない。・・・むずかしいところである。恥ずかしい話だが、巡礼をする前からこういった金銭的なことに頭が働いてしまうのは、まだまだ精神修行が足りないからだろう。


 駅向かいのホテルに入り、フロントの係りの方に今晩宿泊したい旨伝えると、「チェックインは午後3時からとなりますので御予約だけでもなさいますか?」と訊ねられる。時間はもうすぐ正午になろうかといったところ。あれこれと考えてる時間はない。予約を入れさせてもらった。これにて宿の件は落着!といった感じである。

 
 ・・・さあ、ここからが本番だ。札所巡りを始めよう。


 ホテルを出て空を見上げると、あれほど爽やかな秋晴れの空がどんより曇ってきている。いつの間に空模様が変わったのだろう・・・。気がつかなかったのかもしれない。宿探しをしながらあくせく歩いているうちに、とっくに空模様は変わっていたのだろう。空を眺める心の余裕もなく、あくせくするなんて・・・。

 (あかんなあ・・・。もっと無心にならんと・・・。)

 旅の始めと終わりは、様々なことに気が回ってしまうものだ。移動のこと、宿のこと、金銭的なこと・・・。特に金銭に関しては無意識のうちに神経を使ってしまう。まだまだ未熟といえば未熟なのだろう。しかし、そういった世俗の「迷い」を抱えながら生きているのが人間だ。所詮僕も世俗の中で育った一人の弱い人間に過ぎないのだから、しょうがないことなのかもしれない。精神向上は必要だ。だが「人間」以上になるつもりはない。世俗の迷いに翻弄され苦しむ人間の姿、それは実のところは美しいものであり愛しいものなのだ。僕は世俗の人間であることに満足している。世俗の迷い、大いに結構ではないか。
 
 ただ、ここから先は「無心」になることを心がける。世俗の迷いも、その迷いに翻弄される自分を蔑む自分自身の心も、全てを受け入れて無心に成れるよう・・・。無心の巡礼が様々なことを教えてくれるからだ。
 なにも考えずに歩いて行こう。札所をいくつ回ろうが、よくよく考えればどうでもいいことだ。ひたすらに歩いていけばいい。巡礼道を取り巻く景色の中をただひたすらに。そこで見えてくるものが実は最もかけがえのないものなのだから。


 気持ちを切り替えて、秩父駅前を出発する。地図を片手に一番札所を目指して北へと歩きだした。


秩父三十四ヶ所観音霊場巡礼 第7回

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秩父神社


秩父神社 柞の杜フェスティバルの様子





  【神楽殿・柞の杜フェスティバルの様子】


 ドンドン!ドンドンドン・・・!

 境内はたくさんの人で大賑わいだった。老若男女を問わず、様々な人達が楽しそうに神楽殿と呼ばれる舞台の方を眺めている。みんな何を見ているのだろうと舞台に目をやると、数人の赤い半被を着た小学生くらいの女の子達が和太鼓の演奏をしている。皆、顔はやや緊張した面持ちだったが、演奏の腕は大したものである。
 境内には大きなテントが幾つか張られていて、その下で多くの人達がやんやとざわめきながら舞台を見守っている。端には露店が並んでいて、その前を子供達が走り回っている。なんともいえない陽気な空気に圧倒されながら、はたしてここで何が行われているのかが気になった。

 (どうみても、神事ってかんじやないしなあ・・・。街のイベントなんやろか?)

 舞台には垂れ幕がかかっていて、「柞の杜フェスティバル」と書かれている。


 「柞の杜フェスティバル」とは秩父神社の氏子青年会主催によるイベントだそうで、年に一度、10月の第2日曜日に開かれているらしい。神楽殿に於いて様々な演目が催され、境内を訪れるたくさんの街の人を楽しませる。まさに「街をあげてのイベント」といったもののようだ。柞の杜とは、境内にある鎮守の森の名称である。
 そんな街の恒例行事が行われている日に偶然にも秩父神社を訪れてしまったわけだが、このイベントについて何も知らない僕にとっては、その絶妙な「巡り合わせ」がわかる筈もなかった。何が行われているのかひっかかってはいたが、このままここでじっとしている時間はない。時計を見ると、もう11時20分を過ぎていた。正午まであと三十数分しかない。はやく「番場町3丁目」を探さなければ・・・。時間に余裕があるなら本殿を参拝することもできたのだが、今回はどうも無理のようだ。境内の人ごみをかき分けて本殿へ行くには時間がかかりそうだった。御祭神様には申し訳なかったが、ひとまず境内から逃れることにする。

 足早に出口へ向かう途中、鳥居のそばに建っている手水舎が目に入った。屋根のつくりが妙に立派なので少し近寄って見てみたのだが・・・。立派なのは屋根だけではなかった。柱や屋根の下に施された彫刻のなんと見事なこと・・・!極め細やかで躍動感のある素晴らしい彫刻だった。これにはさすがに足を停め見惚れてしまった。


秩父神社 手水場


『 秩父神社の手水舎。お寺や神社でよく見かけるいわゆる手水場(参拝の前に手や口を清める場所)だが、ここまで豪華なものは初めて見たように思う。
手水場という場所は、寺社の境内の中では決して主役という存在とは言えないが、とても個性的で興味深い場所ではないだろうか。それぞれの寺社ごとに、特色があるというのか、其処に合った工夫というものが為されていて見比べてみたりすると結構面白いのだ。』


 手水舎がここまで凝った造りなら、本殿などはそれこそ言葉も出ないような素晴らしいものなのだろう・・・。そう考えるとこのまま境内を後にするのは惜しい気もしたが、なにせ時間がない。今回はやはり諦めることにした。また秩父を訪れた時には必ず参拝させていただこうと思いながら、秩父神社に別れを告げた。これから先、今回を除けば少なくともあと2回は秩父を訪れることになるだろう。秩父霊場を歩いて回りきるには4日か5日はかかるという。今回、巡礼に充てられる日数は2日。厳密に言えば1.5日といったところだろうか。それだけの時間で回ることができる範囲は限られている。秩父巡礼も四国遍路のように区切り打ちの形をとらざるを得ないのだ。だから秩父神社との御縁も今回だけでは終わらない筈だ。参拝する機会はこの先何度かは必ずあるだろう。

 
 ちなみに本殿についてだが、重厚な権現造り(日光東照宮などにみられる建築様式)となっており東西南北の壁面には名工・左甚五郎(江戸時代初期の彫刻職人)の手になる「北辰の梟」「つなぎの龍」「お元気三猿」「子育ての虎」などの見事な彫刻装飾が見られる。現在の社殿は1592年に徳川家康によって再建されたものらしく、県の指定文化財となっているようだ。手水舎を見た時の感動は、まだまだ序の口だったといえる。仮に本殿を参拝していたなら、どれだけの時間足を停めることになったか想像がつかない・・・。
 そして、今回は幸運にも氏子青年団主催のイベントを拝見させていただいたが、このイベント以外にも秩父神社には年間に様々な神事が行われている。その中で全国的に最も有名なのが毎年12月の3日に開かれる「秩父夜祭」で、国の無形民俗文化財に指定されている。
(秩父神社の詳しい情報はこちら  秩父神社公式HP http://www.chichibu-jinja.or.jp/

秩父三十四ヶ所観音霊場巡礼 第6回

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秩父の街をうろつく


西武秩父駅前







【駅側から見た駅前の風景】

 目的地に辿り着けた感慨に耽りながら爽やかな空気と秋の空を満喫していたが、いつまでもそうしているわけにもいかない。動き出さなければ・・・。まずは今晩泊まる宿を押さえなければならない。泊まる場所さえ決めてしまえば、後はなんの気兼ねもなく札所巡りができるというものだ。
 旅に出る前に秩父の宿についての情報をネットなどで調べていたのだが、番場町という場所にあるホテルが比較的料金が安いようだったので、そこに目星をつけていた。とりあえず番場町を探さねば・・・。ホテルの情報は紙にひかえて持ってきてはいたのだが、間の抜けたことに住所を書き写しただけで電話番号を書いておくのを忘れてしまったのである。自力でホテルのある場所を探し出さなければならない。おまけに地図の類なども一切用意していなかったので(これも間の抜けた話だ・・・)、どこかで簡単なものでもいいから地図を手に入れる必要があった。
 「観光案内所のような所でもあればな・・・」と思いながらなにげなく辺りを見回していると、なんと『秩父観光情報館』と書かれた看板のかかっている建物があった。早速、そちらに向かう。中で街の簡単な地図を手に入れることができた。更にもう一枚、秩父札所連合会発行の札所案内図も入手した。この案内図はとてもよくできていて、札所の位置や道の情報はもちろんのこと、札所間の距離や駐車場の情報など(歩きの僕には関係ないが)便利な情報が満載だった。これより先、札所巡りをするうえでは手放すことのできない必需品となってゆくのであるが・・・。
 街の地図を見ると番場町はここから北の方角、丁度秩父鉄道の秩父駅に向かって歩いていけば、たどり着けるようだった。距離もそう遠くない。とりあえず番場町に向けて歩いていくことにする。


秩父 街の道しるべ
『 駅前を出発して初めて見かけた街の道しるべ。
街のいたるところに設置されているので僕のように初めて秩父を訪れた者にとっては非常に有難い代物だ。どこの方角に何があるのかがわかりやすく表示されているので、街中で道に迷う心配はまず無いのではないか。造形も面白く、ひとつひとつに工夫がなされている。観光客への配慮というか、もてなしの心を感じることができるし、街づくりの熱意のようなものも伝わってくる。』 



 駅前を出発し、国道140号線に出る。国道を通ると番場町へは遠回りになるようなのだが、国道沿いには市役所があるらしい。宿探しも兼ねて街の様子も見て回りたいと思っていたので、まずはお役所から拝見することにしたのである。


秩父市役所


『 秩父市役所。ちなみに現在の秩父市は平成17年4月に吉田村・荒川村・大滝村・旧秩父市が合併してできたものだそうで、総面積では埼玉県最大の市町村となっている。』



 市役所のある交差点を左折し、少し進むと秩父鉄道御花畑駅があり、次の交差点を右に曲がると番場商店街通りに入る。番場町に着いたわけだ。僕の探していたホテルは3丁目にあるらしいのだが、それがどの辺りになるのか・・・。3丁目を尋ねて賑やかな商店街通りをブラブラと北へ歩いていく。どこからともなく祭囃子の音が聞こえてきた。通りの突き当たりは国道との交差点になっているのだが、どうやらその方角から音は流れてくる。心なし陽気な気分になりながら交差点の方へ歩いていくと、なにやら立派な石の鳥居が見えてきた。神社があるようだ。鳥居の横の石標に「国幣小社 秩父神社」とある。


番場商店街通り秩父神社



                    



              【番場商店街通り】                  【秩父神社の鳥居】

 
 秩父神社は歴史ある有名な神社だ。だが、神社を前にして浅学非才な僕が感じたことといえば、「あー・・・。なんか、聞いたことあるなー・・・」といった程度のものだった。境内からは盛んに祭囃子が流れ、とても賑やかそうである。なにかイベントが行われているのかもしれない。気にはなったのだが、まずはホテルを探すのが先決である。あまりもたもたしていると、そのうち正午をまわってしまうだろう。街の様子も見たいとは思ってはいだが、肝心の札所巡りをする時間が無くなってしまっては困る。神社への好奇心を押し留めながら、交差点を左へと曲がった。神社を後にしても祭囃子の音は元気に鳴り響き続け、僕の好奇心を捉えて離さなかった。「我慢、我慢」と自分に言い聞かせながら進んでいくうちに、いつしか番場町から隣町に入ってしまっていることに気がついた。

 (あ、いかん・・・!戻らんと・・・。)

 結局、また秩父神社の鳥居の前に戻ってくることになってしまった。さすがに今度ばかりは好奇心を抑えきれず、「少しだけ覗いてみるか」と境内へと足を踏み入れた。これも縁なのかもしれない。ひょっとすると神社の御祭神が、「素通りはいかんっ!!是非寄っていきなさい!!」と仰って下さっていたのかも・・・。



六根清浄

1969年4月20日生まれ

京都市在住
2007年5月から始めた区切り打ち四国歩き遍路も4年目をもちましてようやく結願いたしました。支えてくださった皆様に感謝です。2巡目の構想も視野に入れながら、さらに日本の各地を「歩き旅」で訪れてみたいと考えています。自称『歩き中毒患者』(笑)


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