気ままに歩いて候。

あせらず、くさらず、歩いていきましょう。 2007年5月の連休から始めた区切り打ちの四国歩き遍路の思い出を綴った記事を中心に掲載しています。

2008年10月

秩父三十四ヶ所観音霊場巡礼 第2回

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 はじめての秩父観音霊場巡礼の旅。そのあらましを振り返ってみたいと思います。主観的で偏った表現や大袈裟な表現もあるかもしれませんがどうか御了承下さい。男独りの気ままで質素な旅の記録ですので退屈なところもあるでしょうが、その辺もどうか御容赦を・・・。



2008年10月11日(土)

東京へ向かう

 ついに待ちかねた連休を明日に迎えた。仕事を終え、急いで帰宅し簡単に入浴を済ませると前日に準備していた旅の荷物を身につけて足早に家を出た。
 「身につけて」という表現をしたのは荷物がザックと頭陀袋だからである。四国遍路の時と同様、歩きが中心となる巡礼の旅をしにいくわけだから、そういう装備となってしまう。ザック・頭陀袋は四国遍路でいつも使っているものだ。こいつらとの付き合いは1年と少しになるが、四国の遍路道での様々な経験を共にしてきただけに、愛着がある。僕にとっては「神器」といえるかもしれない。

 旅の計画としては、11日中に東京入りし12日の早朝に池袋から西武線に乗って秩父に到着後、2日間に渡って一番札所から順に霊場を巡るといった予定を考えていた。とりあえずこれから目指す先は東京池袋である。
 家から歩いて数分の距離にある駅から私鉄・地下鉄を乗り継いでJR京都駅へと向かう。18時29分発の新幹線が目当てだが、時間にはまだ余裕がありそうだった。

 今回の旅には金剛杖を持参しなかった。四国へ向かうときには必ず持参するのだが、今回はなんとなく気が引けたのだ。金剛杖は弘法大師・お大師様の分身である。弘法大師ゆかりの巡礼の道を歩く四国遍路では欠かすことのできない必需品なのだが、これから向かうのは観音霊場だ。果たして金剛杖は必要なのだろうかと思ったのである。もちろん観音霊場を参拝するスタイルとして、「南無観世音菩薩」と背中に書かれた白衣を着て菅笠を被り金剛杖を持つといったものがあるのは知っている。金剛杖は観音霊場を巡るときにも必需品ではあるだろう。ただ、自分にとってはどうなのか・・・と考えたのだ。僕にとってこれまで四国の遍路道を一緒に歩いてきた金剛杖は「必需品」といった言葉の枠を超えて、お大師様そのものといった存在になっている。そのお大師様を観音霊場にお連れするのはどうなんだろうかといった迷いがあったのだ。話にきくと、「南無大師遍照金剛」と書かれた白衣を着るのもアリということだそうだ。白衣に留まらず四国遍路の参拝用具は観音霊場でも使えるということなのだろう。それだけ懐の深い霊場だといえるのだろうが、僕にとってはなんとなく迷いというか戸惑いがあった。いや・・・、正直に言えばそういったものから離れて等身大の自分として霊場を歩いてみたかったのかもしれない。ありのままの自分の姿で気軽に歩いてみたかったのかもしれない。そんな気持ちが働いたからか、金剛杖だけでなく白衣も持参しなかった。

 列車を乗り継ぎ、18時前には京都駅に到着。東京までの切符を買い求め、改札をくぐり、ホームへと向かう。売店で飲み物などを買いながら、うだうだとやっているうちに目当ての新幹線がホームに到着した。自由席だったが、車内は混雑しているわけでもなく空いている席を見つけて座ることができた。
 
 18時29分、京都を出発。

 
 東京駅に着いたのが21時10分だった。

 2時間40分の移動時間。殆どの時間を寝てしまっていたらしく、目が覚めたのは小田原を過ぎたあたりだった。『ありゃー、今日はなんか早いねー。』と寝ぼけた頭で考えてるうちに新横浜・品川を過ぎて東京に到着。

 山手線に揺られること20数分にして、ようやく東京池袋駅に着いた。池袋という場所を訪れたのは今回が生まれて初めてとなる。東京といえば、浅草・上野や秋葉原などには行ったことはあるのだけども池袋は本当に初めてだ。そもそも関西の人間だけに東京というエリアには縁遠いものがあるのだが・・・。なにはともあれ、今晩はここで一泊しなければならない。時間は夜の10時を過ぎようとしていたが、これから泊まれる宿を探さねばならない。

 見知らぬ夜の街へと繰り出す。知らない場所をうろうろすることが最近は不安を感じるよりも楽しく思えるようになってしまっている。ワクワクしながら夜の大通りを歩く。

 さて・・・。宿がすぐ見つかればともかく、いつまでこのワクワク感がつづくことやら・・・。 

秩父三十四ヶ所観音霊場巡礼 第1回

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 久しぶりのブログ更新となります。2ヶ月ぶりで更新の仕方すら忘れてしまった感もありますが、なにはともあれ再開ということでよろしくお願いします。

 今月(2008年10月)の連休、12日と13日に秩父の観音霊場を歩いてきました。以前から訪れてみたい場所でしたから、今回の旅はとても心に残るものとなりました。2日間とも運良く晴天に恵まれ、さわやかな秋の気候の中を気ままに歩くことができ、良い巡礼をさせてもらったと感謝しています。四国遍路とはまた違った巡礼の旅を体験できたことが、とても新鮮でした。



秩父観音霊場について
 
 御存知の方も多いとは思いますが、秩父の霊場は西国三十三ヵ所や坂東三十三ヵ所と並んで「三大観音札所めぐり」として有名です。歴史も古く、開創は鎌倉時代とされています。三十四ヶ所を巡る道程は西国や坂東の巡礼に比べれば短く、距離にしておよそ100km、踏破する日数はおよそ4日から5日かかるといわれています。結願までの行程が他の霊場に比べ気軽に行えるということからか、近世、とりわけ江戸時代頃には多くの巡礼者が秩父を訪れたという話です。
 秩父は周りを山に囲まれた盆地であり、三十四の札所はその中に点在しています。いくつかの札所は盆地の中心である街中にあったり、またいくつかの札所は中心から離れた山中にあったり山里にあったりと、その所在は一様に留まらないようです。秩父という場所自体が大きな山里のようであり、その中で何百年にもわたり地元の人々に温かく守りつづけられてきた霊場といえるかもしれません。


秩父の道しるべ




『街道沿いに佇む古い道標。江戸時代に立てられたものらしく、今も道行く巡礼者を見守っている。』


なぜ秩父へ?
 
 区切り打ちの四国遍路を始めてから、しばらく後になって観音霊場というものにも興味を持ち始めたのですが、実際に巡礼する気持ちには至らず「興味」でしかありませんでした。心は四国に向いていたのです。僕は関西の人間ですから、近場(と言えるのか?)な観音霊場といえば西国三十三ヵ所となるのでしょうが、あまりにもその範囲が広いものですから、巡礼するとすればまだまだ先のことになるだろうと思っていました。それよりも四国を歩きたい、そのことだけに集中したい・・・。そう考えていました。結願するまでに数年はかかるだろうが、少しづつでもいいから努めて四国霊場を回りたい。観音霊場のことはその後で考えればいいだろう・・・。その発想からすれば西国はともかく坂東の霊場となるともう縁があるのかどうなんだろうかという感じでしたが・・・。
 ただ、秩父の霊場に関しては比較的短い日程で周れるという話や穏やかな山里の中にあって素朴な寺院の多い霊場だという話は聞いていましたから、「行ってみたいな」という気持ちは微かにはありました。時が経つにつれ、秩父霊場の情報も僕の中で蓄積されていったのですが、「行ってみてもいいかな」という漠然とした思いはやがて「行っておかねば!」という強い思いに変わっていったのでした。
 今年の8月の御盆休みに8度目の区切り打ちの歩き遍路をすべく四国に渡ったのですが、なんとか目的地の37番札所岩本寺まで歩ききることができました。これより先は足摺岬を目指す行程となっていくわけですが、なんとはなしに「一区切りついたかな・・・。」という気持ちになってしまったのです。少し休みたくなったのでしょうね。次はもうちょっと時間をおいてからにしよう、そう思ったのでした。そして、その間にできることならどこか全く違った場所を訪れてみたいと・・・。
 
 そんな時に頭に浮かんだのが秩父霊場でした。

 「そろそろ行ってみようか、今が行ってみる時期なのかもしれないな・・・。」

 こんな考えが湧くということは、四国のときと同様に、秩父の観音様から御呼びがかかったということなのかもしれません。
 日が経つにつれ、「行ってみようか」といった気持ちは「何時頃行くか」「どのように回ろうか」といった具体的なものに変わっていきました。自然とそういった流れになっていったことも今にして思えば「御呼び」の力に導かれてのものだったのかもしれません。


2日間の巡礼を終えて 

 紅葉の時期には少し早いものの、気候的には快適で歩きやすい10月に的を絞り、少しづつ準備をすすめながら秩父行きの日を待ち続けました。
 そして、ようやく迎えた10月連休の前日にあたる11日の夜に東京行きの新幹線に乗り込んで関東方面へと向かったのでした。

 翌日の12日に東京池袋から西武鉄道に乗って秩父市に到着。それからおよそ2日間ではありましたが、秩父の街や山里、札所にあたる寺々を歩いて回りました。
 想像していた以上に自然の景色や街道・里の景色は美しく優しげで心が癒されました。そして、札所の寺々のもつ素朴で穏やかな空気、お寺の境内や道々で出会った石仏のなんともいえない表情には安らぎを感じたものでした。四国とはまた違った巡礼の世界というものを秩父という場所に教えられた気がします。
 2日間という日程の中で全ての札所を歩ききることは不可能で、今回はそれを承知でゆっくり歩いて回ったということもあり、結局は12の寺々しか参拝できなかったわけですが、とても心に残る巡礼の旅ができたと満足しています。三十四ヶ所の半分にも満たない巡礼だったわけですが、それだけも不思議と満足できたのです。そういう魅力がこの秩父霊場にはあるのでしょうね。そして「また歩いてみたい」という想いを起こさせてくれる力も・・・。


秩父のお地蔵さん



『札所の境内では素朴で個性的な石仏たちに出会うことができる。温かく迎えてくださった・・・、そんな有難い気持ちにさせられました。』

 
 四国遍路のちょっとした息抜きのつもりで訪れた秩父霊場でしたが、巡礼を終えた今ではすっかりその魅力にとりつかれてしましました。「息抜き」などと考えていた自分が情けなく思えます。四国霊場につづいて、心の故郷のような霊場と御縁ができたことがとてもうれしく、改めて「御呼び」をかけてくださった秩父の観音様には感謝の気持ちでいっぱいです。本当によい巡礼でした。
 この旅のつづきはできれば来年の秋にでもやってみたいと考えていますが、全ては観音様が「御呼び」をかけてくださるかどうかですね。ひそかに次の旅のプランを立てている今日この頃ですが・・・。ひとまずは今回の旅が無事に終えられたことに感謝です。旅の詳細は次回から掲載していくつもりですので、よろしくお願いします。



六根清浄

1969年4月20日生まれ

京都市在住
2007年5月から始めた区切り打ち四国歩き遍路も4年目をもちましてようやく結願いたしました。支えてくださった皆様に感謝です。2巡目の構想も視野に入れながら、さらに日本の各地を「歩き旅」で訪れてみたいと考えています。自称『歩き中毒患者』(笑)


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