気ままに歩いて候。

あせらず、くさらず、歩いていきましょう。 2007年5月の連休から始めた区切り打ちの四国歩き遍路の思い出を綴った記事を中心に掲載しています。

2008年06月

「御縁」のはじまり

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 9番札所法輪寺から10番札所切幡寺までの距離は「四国遍路ひとり歩き同行二人 地図編」(へんろみち保存協力会編)によれば3.8kmとなっている。時間にして1時間程度の道程だろう。これに対して、当時僕が持ち歩いていたガイドブックには「5km 歩き1時間20分」と記されていた。なんと1kmもの違いがあるのである。何故にこんなに違いがでるのか気になるところではあるが、それはさておき、この本だけを頼りに遍路をしていた当時の僕にとっては、切幡寺までの道程は結構歩き応えのある距離に思えたのだった。

 (5km・・・。たしかに1時間20分はかかるやろうなあ・・・。それに久しぶりに遍路道を歩くわけやし、それ以上かかるかもしれへんなあ・・・。)

 切幡寺には有名な厄除けの石段がある。なんと333段もあるそうだ。境内へたどり着くにはこの石段を登り切らねばならない。平地を歩くことにはそれなりの自信はあったものの、こういった長い階段や急な山道を登ることには苦手意識があった。

 (あとで石段上がったりすることを考えたら、あんまり飛ばして歩くのも考えものやな。ちょっと控え目のペースで歩くことにしよかな。なにしろこの暑さやしな・・・。)

 なんといっても、今回の遍路の旅で心がけなければならないのは、暑さ対策である。空を見上げれば相変わらずの晴天であり日差しが強い。典型的な真夏日である。今回持参した菅笠はやはりこういった炎天下にはなくてはならないものだろう。前回の遍路は菅笠なしであった。荷物になると思っていたし、あまりお決まりのお遍路さんスタイルには拘りたくなかったのだ。今回は色々な事情を考えた結果持参したのだがどうやら正解だったようである。



 広々とした田園地帯の中を歩いていく。ペースは抑え目。切幡寺の石段を登る心配もさることながら、それ以上に頭を占めていたのは明日のことである。12番札所焼山寺までの山道。通常は7時間ないしは8時間かかると言われるこの難所を一体自分はどれくらいの時間をかけて歩くことができるのだろう。そして13番札所大日寺へ至る下山道。明日一日でこれらをクリアしなければならない。ガイドブックには「藤井寺から焼山寺まで 歩き13km 6時間」「焼山寺から大日寺まで 歩き22km 7時間」と記されている。トータルで35km、13時間の道程だ。しかも殆どが山道である。山登り経験もあまりない自分が本当にそれだけの道程を一日でクリアできるのだろうか?しかも泊まる宿も碌に決めていないのだ・・・。

 (・・・・今、考えるのはやめとこう。・・・・なるようになるやろ。)

 気が重くなるだけなので考えるのをやめた。とにかくできることは明日に備えて最良のコンディションを作っておくことだ。今日はあまり無理なペースで歩かず、適度な刺激を脚の筋肉に与える程度にしておこう。のんびり行くのがいいだろう。あまり無理をして今日一日の歩行で筋肉痛を起こしてしまってはそれこそ一大事だ。


 
 刺すような日差しがアスファルトの道に降り注ぐ。照り返す放射熱が更に暑さの度合いを増す。炎天下の田園地帯を杖を突きつつ黙々を歩く。

 前方に一人の歩き遍路の姿が見える。緑のザックを担ぎ、少し小さめの菅笠を頭に乗せた初老の男性。周りの景色を眺めながらも、どうしても視界に入ってくるその男性の姿。僕とこの人の他に遍路姿でこの道を歩いている人影はなかった。真夏に歩き遍路をする人は少ないと話には聞いていたが、そんなものなんだろうか・・・。確かに今日のような炎天下に重い荷物を背負って長時間歩く人間というのは余程の変わり者と言われても仕方ないだろう。やってることは限りなく自殺行為に近いものがある・・・。

 (ああ・・・、やっぱり俺って変わり者なんやろか・・・。前々から色々な人に言われてきたけど、やはりそうなんやろか・・・。という事は、前を歩いているあのおっちゃんも変わり者なのかもしれんなー・・・。)

 暑さと荷物の重さ、加えてなんとも眺めのいい田園風景を眺めていたせいで、少し朦朧とした意識の中でそんなことを考えていた。

 すると・・・。


 「こんにちはっ!!!」

 
 いきなり威勢のいい声が背後に響いた。

 
 「こ、こんにちは・・・!!」

 
 慌てて後ろを振り向くと・・・・。


 車輪の小さな自転車を懸命に走らせるお遍路の姿があった! ・・・女の子である。

 恐ろしい速度で僕の真横を通り抜けていった。この炎天下にあの凄まじいパワーは一体・・・。

 
 (な、なんじゃ ありゃ・・・!!)



 この女の子、これからの旅の途上で度々僕の前に姿を現わすこととなる。自転車と共に・・・。そして、毎回度肝を抜かれることとなるのだ。


 そして、前を歩いている初老の男性。これより後日、僕はこのおっちゃんに助けられることとなるのである。今回の遍路の旅の恩人となる人なのだ。


 これがこの2人との最初の出会いであった。よもや、そんな「御縁」で結ばれていようとは想像もしていなかったこの時の僕であった。「御縁」のはじまりであった・・・。

「新しいページを開く時」

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法輪寺付近の景色






『法輪寺周辺に広がる田園地帯』


 法輪寺の山門の前に立った。前回この場所を訪れたのは3ヶ月前、月日にすれば僅かな時間しか経っていないのかもしれないが、懐かしさで胸が一杯となる。僕にとってみれば、3ヶ月という時間はあまりにも長かったのだ。此処に戻ってこれる日をどれだけ待ち望んだことか・・・。

 「四国遍路ひとり歩き同行二人 解説編」(へんろみち保存協力会編)の前書きに、「遍路を書物に例えれば、札所は目次。『章』に該当し・・・・(略)書物の『文』は遍路道です。」「『四国遍路』は千有余年の歳月をかけ、庶民に愛読されて来た不朽の名作です。」と書かれているのだが、実際四国路を歩いてみると本当に的を得た表現をされていることがわかる。遍路の旅はまさに一冊の本のようであり、歩く(または車などで移動する)ことは本のページをめくる作業に似ている。札所を目指す行程の中に人それぞれの小さな物語がある。その物語の締めくくりは札所。そこで見たり感じたりすることが『章』のまとめといったようなかんじになっているのではないか。そして心を新たにして次の札所を目指す旅が始まる。次の『章』にうつるわけだ。
 
 僕の始めた遍路の旅も一冊の本としての形が既にあるのかもしれない。定められた形なのか、それとも千変万化で幾通りの形をもつものなのか、陽としてわからないものではあるが僕はそのページを開いてしまったのだ。そしてその中の僅か数ページを読み進んだに過ぎない。当然、続きが読みたくなる。どういう物語が展開するのか気になってしょうがないのだ。前回の遍路の旅からの3ヶ月間は、そういう意味で僕にとってはとても長い時間だった。冒頭からおもしろくてしようがない本に栞を挟んだまま読むことのできない、もどかしい時間だったと言ったらいいだろうか。

 その続きを読む・・・、体験できる瞬間がようやくやってきたのだ。うれしくて仕方なかった。


 
 法輪寺は一度参拝を済ませているので、そのまま遍路道に入って次の札所を目指してもよかったのだが、僕にとって法輪寺はどうしても忘れることのできない思い出の場所となってしまっている。前回、夕暮れ時に訪れた時の境内の光景が頭にこびりついているのだ。やはり、素通りはできない。参拝だけでもさせていただくことにしよう・・・。山門に一礼して境内に入った。余談になるが、僕の区切り打ちの作法として打ち止めとなった札所を新たな旅の出発点として訪れた時には必ず立ち寄って参拝だけはさせていただくことにしている。そのはじまりとなったのが、この時の法輪寺での参拝ということになる。

 境内には、前回立ち寄った時の夕暮れ時の静けさとはまた違った雰囲気があった。人が多くて活気がある。賑やかしいといったものではないにしても、どこか生き生きとした空気があった。前回のイメージが強いためか、この空気はとても新鮮に感じた。
 
 ザックと菅笠をベンチに置き、金剛杖を杖立てに立て、頭陀袋だけを肩からからって手水場に向かう。

 (ああ・・・。また、こうやって参拝ができるとは・・・。)

 無性にうれしくなった。参拝の手順をひとつひとつこなすことが幸せな時間に思えた。

 本堂で読経をはじめる。3ヶ月間写経や読経の練習をしていたということもあって、この時を子供のように楽しみにしていたのである。成果はどうか?ちゃんと読経できるか?そんなことばかりを気にしながら般若心経を唱えていたような気がする。今思えば、なんとも情けない。雑念に囚われながらの読経だったわけだから。御本尊のお釈迦様も笑って許して下さっただろうか・・・。

 大師堂の参拝も終えた。なんとか回りの雰囲気に飲まれず、スムーズに読経はできたようである。まあ、前回よりはマシになっただろう・・・。


 荷物を背負い、いよいよ出発する。境内を出て山門に一礼し、次の札所へ向けて歩き出した。遍路の旅の新しいページを開く瞬間がついにやってきたのだ。


切幡寺への道










『ここから先は未知の世界。果たして、どんな旅が待ち受けているのやら・・・。』

法輪寺へ

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 県道12号線との交差点に差し掛かった。法輪寺も近い。

 この交差点を西へ折れ、少し歩いて右手の小道を進めば法輪寺の山門が見えてくる筈だ。問題はどの小道だったか・・・。それがどうも思い出せない。

 (まあ、行くとこまで行ったら記憶が戻ってくるやろ・・・。)

 あまり気にせずに交差点を曲がり右手の景色を眺めつつ歩きながら記憶が蘇るのを待っていたが・・・。どうも思い出すことができない。どの道だったか・・・。 
 そもそも、右に曲がって歩いていけば山門が見えてくるといったような曖昧な記憶が怪しい。前回は確か法輪寺を打ち終えた後、山門からシンプルに国道に出られた訳でもなかったような・・・。

 (ええい、適当な道に入ったれ。そのうちお寺も見えてくるかもしれへん。)

 思い出せないものは仕方がない。適当なところで右に曲がる。若干広めの道だったが進んで行くと閑静な田園地帯に入った。そう、この雰囲気・・・。懐かしい。この田園地帯の中にひっそりと建っていたのが法輪寺だ。此処の景色や御寺のもつ空気は僕の頭の中にこびり付いて離れなかった。そこへまた還ってくることができたのだ。嬉しくなった反面、肝心の「道」が思い出せないことが歯痒くてならない。もうかなり近くまで来ている筈なのに・・・。

 なにか古い建物が見える。さてはと思い、目を向けるとそれは御寺ではなく神社であった。佇まいがなんとなく法輪寺に似てる気がした。

 (うーん、神社か・・・。困ったな・・・。)

 どうしたものか考えていたその時だった。一台の軽トラックが僕のすぐ傍に停まった。

 「おにいちゃん、お遍路かぁ・・・? 九番さん探しとるのか・・・?」

 車に乗ったおじいさんが窓から身を乗り出して声をかけてくださった。

 「いやぁ・・・、そうなんです。近くまでは来ていると思うんですけどね・・・。」

 「そうかあ・・・、もうすぐそこじゃけんな。そこの道をあっちのほうへ歩いていったら見えてくるけん。」

 「ありがとうございます!そうか、あっちの方角でしたか。」

 「気ィつけてな。」

 地元の農家の方だろう。たまたまよいタイミングで此処を通られたのだ。おかげで迷わずに済んで助かった。それにしてもお遍路の姿を見かけただけで、わざわざ車を停めて親切に声をかけてくださるといった優しさには心を打たれた。これが遍路の世界なのだ。また、この温かい世界に還ってこれたことが嬉しくなった。

 
 現在、ブログをつけている僕の手元に「四国遍路ひとり歩き同行二人」(へんろみち保存協会編)の地図本がある。この地図で確認すると、僕が県道12号線から右へ折れた道は県道236号線で、見かけた神社というのは椙尾神社のようである。法輪寺はそこからやや西に位置する。つまり県道12号線を右折するタイミングが少し早かったのだ。当時の僕がこの地図本を持っていたなら、迷うことなくすんなり目的地に行けただろう。だが、迷ったおかげで、あのおじいさんとも会うことができたわけだ。


 道案内のとおりに歩いていくと、あの懐かしい山門が見えてきた。思い出の9番札所である。前回の遍路の打ち止めとなった場所であり、そしてここからが本当の意味での今回の遍路の出発点となる。



六根清浄

1969年4月20日生まれ

京都市在住
2007年5月から始めた区切り打ち四国歩き遍路も4年目をもちましてようやく結願いたしました。支えてくださった皆様に感謝です。2巡目の構想も視野に入れながら、さらに日本の各地を「歩き旅」で訪れてみたいと考えています。自称『歩き中毒患者』(笑)


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