気ままに歩いて候。

あせらず、くさらず、歩いていきましょう。 2007年5月の連休から始めた区切り打ちの四国歩き遍路の思い出を綴った記事を中心に掲載しています。

2008年01月

再び安楽寺へ

 2度目の安楽寺への道は、改めて遍路道の風景を僕に見せてくれました。昨日は焦っていて見えなかったものが沢山見えてくる。果樹園の広がる地域があったり、古い神社があったり・・・、昨日は「あ、あんなのがあるな」と簡単に確認したような場所を今日はじっくりと眺めながら歩いていく。

 泉谷橋を渡る。ここも昨日、地元の方に宿の紹介のために引き止められた場所。かなり焦りながら、やり過ごしたという思い出がある。この橋を渡って、更に暫く歩くと県道12号線との合流地点に差し掛かりますが、昨日は間違えて県道のほうにはいってしまいました。遍路道へは県道に入らずに、県道を横切って真っ直ぐ歩いて行けばよかったのですが。

 今日も敢えて県道を歩いて行く事にしました。昨日の自分の足跡を辿ってみたかったのです。急いでしんどい思いをしながら歩いた道を今度はのんびりと歩いてみる、つらい思い出を塗り替えるといった感じでしょうかね。県道の歩道をてくてくと歩いていると向かい側から地元のおじさんが歩いて来て、

 「あともう少しだから、がんばって!!」

 と声をかけてくださいました。

 なによりの励ましに元気が出て、頑張って歩いていますと、

 「こんにちはーーーー!!!」

 と、車道を挟んだ向かい側の歩道の脇を颯爽と自転車に乗ったお遍路さんが大きな声で挨拶してくださいました。

 爽やかな気分になりながら、県道を更に進み、遍路道との合流点から少し歩くと、ようやく安楽寺の山門が見えてきました。


 地蔵寺から約1時間。金剛杖に助けられながらの歩行でしたが、もうほどんど脚の痛みが気にならなくはなっていました。痛みには慣れてきましたが、昨日のように大きく脚を踏み出しながら歩くということはできません。しないほうがいいでしょう。あまり無理をすると夕方まで歩けるかどうか・・・。今日は無理をしないペースを保つのがよい。しかし、仮にもう一日遍路を続けられるとしたら、更に体のダメージが重なって今日よりもつらくなるのでしょうか・・・?そう考えると、通し打ちで歩き遍路をされている方々は、本当に凄い事をされているのだなと痛感します。


 2度目の安楽寺。山門に一礼して境内に入り、なんとはなしに真っ先に本堂のほうを眺めると・・・。

 当たり前といえば当たり前なのですが、本堂の扉はちゃんと開いている・・・!!

 (昨日来た時は、もう閉まってたしなあ・・・。)

 どうでもいいことにホッとしながら、ゆっくりと境内を眺めますと、昨日は少し薄暗かったのと気持ちが焦っていたことで気がつかなかったのですが、山門のそばに大きな池がある。(普通、どんな状況でも気がつくはずなんですがね、こんな大きな池は〈笑〉!!)
 池の中には見事な鯉が泳いでいました。池の中央に小さな橋がかけられていて、橋の真ん中で子供が「パンパン!!」と手をたたいて鯉を呼んでいる。なんとも心和む景色でした。昨日は夕暮れ時で宿坊目当ての参拝客の方などで境内は賑やかだったのですが、今日のこの時間、人気もなく境内は静かで穏やかな空気が漂っていました。

 本堂は近年改修されたのでしょう。真新しい御堂でした。堂内の様子も装飾がきれいで立派なつくりでした。左右に十二神将像が配置され、中央に御本尊の薬師如来様の像。立派な立ち姿の薬師如来様でした。暫く堂内を拝観した後で、ゆっくりと参拝させていただきました。昨日はお会いできなかった御本尊様に、ゆっくりと時間をかけて・・・。

 大師堂に参拝した後、再び本堂に戻り御朱印を貰いました。前にも触れましたが、本堂が納経所にもなっているのです。

 以前お話した、あのお坊さんとの再会を経て、境内を出ました。山門に一礼し、次の目的地、7番札所十楽寺へ向かいます。ここからが、本番ですね!!
 
 時計はもうすぐお昼の12時を指そうとしていました。お腹も空いてくる時間帯です。十楽寺へは、そう距離もない。まずは十楽寺まで歩いてみよう・・・。

 再び金剛杖を突いて歩きだしました。痛みに慣れてきた分、少しは歩く姿もマシにはなっていたかもしれませんね・・・。

 

地蔵寺を後に、本当の「同行二人」の旅へ

 地蔵寺で二度目の参拝を終え、今度は忘れずに納経所に行き、御朱印を貰いました。御朱印を貰った時は、やはり、うれしかったですね。実をいうと、前の日の晩に「この際、地蔵寺の御朱印は諦めるか・・・。明日は地蔵寺から歩くのはやめにして、安楽寺から歩くことにしようかな・・・。」と、一瞬ではありましたが、正直そういうことも考えてしまったのです。でも、やはり地蔵寺への打ち直しは正解だったと思います。あのお坊さんにも会えましたし、ここまで来る間に色々なことを考えることもできましたから。やはり5番から打ち直すということは「御導き」だったのでしょう。

 境内を出る前に、もう一度、御本尊の勝軍地蔵菩薩様を拝見しに本堂に行きました。何度見ても凛々しい御姿です。2度、此処を訪れたということで、御本尊様にも御縁のようなものを感じました。ひょっとしたら、御本尊様が「もう一度来なさい」と呼んでくださったのかもしれませんね。いつになるかはわかりませんが、将来、もう一度地蔵寺には訪れたいと思います。五百羅漢のほうも参拝する暇がありませんでしたから。

 大師堂の前にテントが張られていて、テーブルの上に沢山の瓦が積まれていました。瓦には一枚一枚に参拝者の名前が書かれている。少し興味が湧いて、テーブルのほうに近寄って確認してみますと、

 「本堂(又は大師堂でしたか・・・)の屋根修繕の為、参拝者の方々の御寄付を募っています。瓦には御寄付された方のお名前を記させていただいております。 一枚1000円。」

 今となってはかなり記憶が曖昧なのですが、そんな意味の書かれた紙と寄付をされた方々の名前の書かれた紙がテーブルに置いてありました。四国霊場を訪れる参拝者の方の数は多いとはいえ、それぞれの札所の御寺も経営面では御苦労なさっているのだなとこの時初めて感じました。僕も一枚分寄付すればよかったのですが・・・。金銭的にあまり余裕がありませんでしたし、先のことを考えれば、早く出発したかったというのもありましたから、御寄付のほうは見合わせました。今思えば、なんでしなかったんだと悔やまれます。御本尊様に御縁があるなどと感じながら・・・、薄情なものですね・・・。まだまだ修行が足りなかったのでしょう。やはり将来、地蔵寺には、そういうことを含めてもう一度行かねばならないと心に堅く誓っております!!


 境内を出て、山門に一礼し、地蔵寺をあとにしました。

 次の安楽寺への道は昨日歩いたことで、すっかり頭の中に記憶されている。迷う心配はまずありません。これも、あの御婆さんの御蔭ですね。御婆さんと二人で歩いた道を今日は一人で歩く。昨日は話しながら歩いたということで、見過ごしていた道の景色などをゆっくり味わいながら。歩く速さは脚の痛みもあり、御婆さんと歩いていた時の速さと変わらない。健脚のお遍路さんが何人か僕を追い越していく。脚がこうなっている以上、仕様がないですね・・・。元気よく歩きたくはありましたが。でも、そんなこともどうでもよくなっていました。歩く姿は他人から見れば、実に無様なものかもしれません。痛々しいものかもしれない。外見はそうですが・・・、気持ちは本当に晴れ晴れとしていました。なんとか歩くことができる、そして昨日にひきつづいて遍路の世界を今日も歩いていくことができるのです。それだけでいい。けっして速くは歩けないし、脚を踏み出す度に痛みがつきまとう。それでも一歩一歩歩いて行こう。こうやって遍路道の地面を踏みしめ、周りに広がる心和む景色に触れながら、途中で出会う人たちと挨拶を交わしながら、ただただ歩いていることだけで充分なのです。また、そういう周りの世界が僕に力を与えてくれる。どこまで歩くかが問題じゃない。今いるこの時間を体感できる、その幸せを感じることが一番大事なのだ。

 そして、なにより心強い助けになってくれるのが金剛杖です。昨日は、「御大師様の分身」であるこの杖をあまり粗略に扱ってはいけないという思いがありましたから、少し遠慮がちに使っていました。力一杯握ったり、力強く地面を突きながら歩いたり、あまりそういうことはしていませんでした。どうも「御神体」のようなイメージがありましたから。
 しかし、今日は全面的にこの杖に頼らなければいけない。そうしないと、とても一日歩くことは困難です。「御大師様の分身」に体を預けながら一日を過ごさねばなりませんでした。とても申し訳ない気持ちでいっぱいでした。

 (どうも、すいません・・・。自分が不甲斐ないばっかりに。)

 
 思えば、この時から、僕と金剛杖の本当の付き合いが始まったのでしょう。体の重みも、痛みも、心に湧き上がるつらさや迷い、そういった全てのものを、この杖に預けていくことになるのです。これから先、この日も、そして8月・9月・11月に行った遍路の旅でも。体から滲み出る「負」の要素全てを金剛杖に預けることになってしまうのですが、どんな時でも、この杖は文句のひとつも言わずに、いつも僕を助けてくれました。杖に宿る御大師様が助けてくださったのでしょうね。つらい時ほど、「同行二人」の意味というものが心に染みたものでした。

 この日から、金剛杖というものの存在が、「御神体」のようなイメージから「戦友」といいましょうか、「朋友」といいましょうか・・・。そういう親しみやすいものに変わっていったのです。
 御大師様という存在も親しみを込めて感じられるようになりました。(「戦友」「朋友」とは言いませんが!!)どんな時でも気軽に心の中で手を合わせて感謝の言葉の言える、そういう「お大師さん」と呼べるような、本当に身近に感じられる存在となったのです。
 

御導きに身を委ねて

 吉野川を越えてしばらく行くと、ようやく「四国霊場5番札所地蔵寺まで〜km」と書かれた標識を目にすることができるようになる。あと少しです。

 県道12号線との交差点にさしかかった辺りで、観光バスが僕を追い抜いていきます。なにげなく、バスを眺めると、乗客は白衣を着た人ばかり。どうやら、遍路ツアーのバスのようでした。ようやく遍路の世界に戻ることができたなという思いがしました。前方を見れば、地蔵寺が見えます。バスはその駐車場のほうへゆっくりと向かっている。僕もそろそろ、俗世から遍路の世界に入る準備をしなければならないと思い、歩道脇に荷物を置いて、ザックから白衣を取り出し、金剛杖を袋の中から取り出しました。道端で行うことでもないんですが・・・、ここから再びお遍路姿となり、杖をついて歩き始めました。ここからが、2日目の遍路のはじまりというところでしょうか。ここまで時間にして、約1時間半の道程でした。脚の痛みと付き合いながらの1時間半でしたが、だいぶ痛みにも慣れることができてきましたし、この体調で平均してどのくらいの速さで歩けるのかということもわかってきました。ここまでの時間、無駄ではなかった。そして再び訪れることになる5番札所地蔵寺、6番札所安楽寺への道程も無駄な時間の消費ということにはならない、そんな気がしました。そもそも「無駄」というものなどはないのではないでしょうか。人がどんな形であれ、前を向いて行動を起こす、これは大きかろうが小さかろうが、長かろうが短かろうが、「前進」なんだと僕は思っています。物事や時間を「無駄」にしてしまうかは、人がそれをどう考えるかで決まってくるものではないでしょうか。プラス思考で生きていけば、「無駄」というものは存在しない。脳天気と思われるかもしれませんが、そういう考え方をするようにしています・・・。

 
 ようやく地蔵寺の山門までたどり着きました。昨日は裏側からこの寺に入ることになりましたが、今日は手順よく山門から境内に入ることができる。山門の前に立って、一礼して・・・、しばらく門を眺めていました。昨日の地蔵寺での思い出、そしていよいよ本格的に2日目の遍路がはじまる、そんなことを頭に浮かべながら。

 境内に入ってすぐ目にするのは、何台かベンチが置いてある憩いの空間。思い出深い場所です。あの大師像にもまたお会いすることができました。昨日、御婆さんとここで出会ったな・・・、その出会いをこの大師像が見守ってくださっていたな・・・。そんなことを思い出しながら、ベンチに荷物を置き、大師像に手を合わせに行きました。

 (昨日はありがとうございました。今日の旅もどうか見守ってください。)

 大師像の目を見ますと、厳しいような、御優しいような目をされている。今日も大切ななにかを教えてくださるのでしょうか・・・。

 ベンチのほうに戻り、参拝を始めようと荷物の中から数珠などを取り出していますと、門の方から突然、

 「ブォォォォォーーーーーーーーー!!!」

 と、凄まじい音が!!続きを読む



六根清浄

1969年4月20日生まれ

京都市在住
2007年5月から始めた区切り打ち四国歩き遍路も4年目をもちましてようやく結願いたしました。支えてくださった皆様に感謝です。2巡目の構想も視野に入れながら、さらに日本の各地を「歩き旅」で訪れてみたいと考えています。自称『歩き中毒患者』(笑)


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