気ままに歩いて候。

あせらず、くさらず、歩いていきましょう。 2007年5月の連休から始めた区切り打ちの四国歩き遍路の思い出を綴った記事を中心に掲載しています。

2007年10月

金剛杖との御縁

 23番札所薬王寺を残して、阿波の国の霊場をほぼ歩ききることのできた自分ですが、まだまだ先は長く、お遍路としても駆け出しにすぎません。そんな僅かな期間ではありますが、僕の今までの遍路の旅をいつも支えてくれたのが金剛杖でした。

 僕が使っている金剛杖は、実は母から譲り受けたものです。バスでの四国遍路を2周終えられた母が「是非使ってほしい」と言われて僕に託されたのですが、この杖には因縁というのか、深い御縁があったように思うのです。はじめての杖との出会いは高野山でした。


 まだ僕が高校生だった頃、家族で高野山に登りました。とある宿坊で一泊し、翌日、山中の寺々などを回ったりしてのどかな夏の一日を過ごしておりましたが、そこで予期せぬ出来事がおこります。母が石段で足をくじいてしまったのです。症状があまり良くなさそうだったので、「これはなにか杖のようなものがいるな・・・。」と思った僕は、近くのお店(高野山中なので仏具関連の店だったと思います)に行って金剛杖を一本買ってきて母に渡したのですが・・・、何分あの当時の僕は仏心のかけらはひとつもなく、ましてや、金剛杖がどういうものなのかという知識すらありませんでした。ただ母の歩行の助けになればという単純な思いから買い求めたのです。

 それから十数年間、金剛杖は我が家の押入れに眠ったままだったのですが・・・。

 僕が30を過ぎた頃、母が四国遍路をはじめ、ようやく金剛杖は本来の役割を果たすこととなり、今は僕がこの杖を受け継ぐこととなりました。

 思えば、不思議な御縁なのかもしれません。

 階段で転んだりつまづいたりしたことのなかった母が、なぜ不意にあの時、あの高野山で怪我をしてしまったのか。偶然の出来事なのかもしれません、冷静に考えればそういうことなのでしょう。しかし、僕はそう単純には考えられない。母はこの時から、四国遍路をする運命だったのではないのか。高野山という場所で偶然にも金剛杖を手にするということには、意味があったのかもしれません。そして、その御縁が僕につづいている。僕もあの瞬間から四国からお呼びがあったのかもしれません。

 普段の生活の中でも、なにげないと自分でおもっている出来事が、実は大変な意味をもっていたというようなことが意外とあるのでしょうね。
 

帰りの切符

 おじいさんに教えられた道順を歩いて、ようやくJR徳島駅にたどり着きました。まず、しなければならないことは、帰りの高速バスの切符を買うことでした。往復で切符を買っていなかったのです。この辺も、間が抜けているというか、段取りが悪いというか・・・。
 「帰りの便はどうとでも都合がつくやろう。ひとつくらい席の空いているバスは結構あるやろうし、6日の昼過ぎくらいにここに戻ってきて、それから切符買っても大丈夫やろう・・・。」
 そういう甘い考えをしておりました。昨日徳島に着いた時までは・・・。

 しかし、昨夜の宿さがしで「連休ラッシュ」の洗礼を浴びてからは、こののんびりした考え方を変えざるをえませんでした。「何事も早い目に手配すべし」という、まあ世間一般から見れば当たり前の旅の心得なんでしょうが、本来せわしく動くことが苦手な僕としては、こういう考え方で通すというのは、どうにも性にあわないところがありまして・・・。
 
 高速バスの乗り場のそばにある切符売り場に足を運び、6日(連休の最終日)の京都行きか大阪行きのバスで午後からの便はあるかとお聞きしたところ、なんと、午後の便はすべて席が埋っていて、午前の便しかないということでした。
 危なかった!!なりゆきまかせで6日の午後にここに来て切符を手配していたら、帰りは少し割高の新幹線になっていたでしょう。あまり余分のお金も持ってきてはいなかったので、ここは一難を逃れたというところでしょうか。さすがに、「ちょっと気を引き締めなおさなあかん!」と思いました。
 とりあえず、午前11時頃の大阪行きの切符を買いましたが・・・、気を引き締めなければならないと思う反面、「これで『予定』という枠に縛りつけられてしまったのか」という複雑な気持ちがくすぶっていました。6日の午前11時までには必ずここに戻ってこなければならないという制約ができてしまったのです。予定を決めるのは極めて大事なことです。無事に旅を終えたいのなら、決められた時間の中で目当ての場所をくまなく回りたいのなら、スケジュールというものは欠かせません。それは昨夜の失敗からも重々わかってはいましたが・・・。

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初日の朝

 5月4日、時刻は午前10時をまわっていたでしょうか。ひと気の少ない繁華街を眺めながら、僕はJR徳島駅に向かって歩いていました。思っていたよりも体が軽い。前日まで心配だった体のコンディションも、この日の朝は不思議なほどに改善していました。朝のさわやかな空気のおかげだったのでしょうか。それとも、この時から、なにか不思議な力が僕に働いていたのでしょうか。ただでさえ風邪気味で体調が悪かったのに、前日は重い荷物を背負いながら数時間も宿をもとめて歩き続けていたのです。コンディションの面ではかなり心配していたのですが、それが全く問題なく、むしろ普段の日常よりも調子がいいように感じられました。なぜなのか?寝付けない夜を過ごしたというのに・・・。

 

 前日の晩、あれから疲れた体をひきずりながら、案内所で教えてもらったカプセルホテルにチェックインすると、休む間もなく、夜食をとるために夜の市街地に繰り出しました。すぐにでも横になりたかったのですが、食事はやはりしっかりとっておかねばなりません。少しでも横になってしまったら、もう動くのがイヤになっていたでしょう。
 夜の街には人があふれていました。僕の泊まったカプセルホテル近辺は、飲み屋さんなどの飲食店が多く、歓楽街といったほうがいいでしょう。この連休を利用して徳島じゅうから遊びに来ている人達でごったがえしていました。関西やほかの地区とはまた違った、開放的な南国気質あふれる夜の街のパワーを感じました。
 食事を済ませて戻ると、サウナでじっくりと一日の疲れをとる。それから寝床に入ったのですが・・・。正直なところ、僕はこの歳になるまでカプセルホテルというものを利用したことがなかったので、どうにも寝付けませんでした。体は疲れがたまって、けだるさもあったのですが、どうにも気分が落ち着かない・・・。今にして思えば、また贅沢な悩みをしていたんだなと思いますが、あの狭い空間の個室というものは全く初めて経験するものでしたから。結局、夜中の4時近くまで寝ているのか起きているのかわからない状態がつづきました。「明日の朝は遅くても7時には出発するつもりなのに・・・。」そう考えると余計に眠れなくなっていました。体調面を考えると睡眠はしっかりとっておきたかったのですが。
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六根清浄

1969年4月20日生まれ

京都市在住
2007年5月から始めた区切り打ち四国歩き遍路も4年目をもちましてようやく結願いたしました。支えてくださった皆様に感謝です。2巡目の構想も視野に入れながら、さらに日本の各地を「歩き旅」で訪れてみたいと考えています。自称『歩き中毒患者』(笑)


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