未曾有の大災害に東北・関東の地域が被害に見舞われてから4日が経った。連日、テレビなどの報道に接しながらも僅かばかりの募金をするしかなすすべがない自分というものに無力感を覚えている。いや、今回のような日本を揺るがすような大惨事に自分ひとりだけが無力感を持っていると考えること自体がおこがましいことなのかもしれない。多くの日本の国民の皆さんがあまりに強大な自然の猛威というものに無力感を覚えているにちがいない。そんな状況の中で自分にできることを精一杯頑張っていらっしゃる。被災地の方しかり、各地から救援活動に向かわれている方しかり。国や自治体の方々も対応の如何によっては批判の的になることも充分覚悟の上で、それでもできることを精一杯頑張っておられる。
人ひとりができることは本当に限られている。限られたことをひとりひとりが精一杯の努力で成し遂げることがこの危難に立ち向かう武器とも言えるのではないか。嘆いてばかりいては前途は開いて来ない。強い心が必要だが、誰しもが強い心を保ち続けられるものではない。助け合うことがなにより大事なことだろう。

世界の各地からも支援の手は差し伸べられている。アメリカは救助活動のために軍を派遣し、ロシアは天然ガスの日本への供給量を大幅に増加したという。他にも多くの国から救援を希望する声があまたあるようだ。本当にありがたくて頭の下がる想いがする。中でも感動したのがアフガニスタンのカンダハル州からの支援要請。カンダハル州は現在、反政府勢力との内戦状態にあるという。そんな状況下の中、「アフガン復興の為に力を尽くしてくださった恩返し」と国の財政事情から言えば決して出せる額ではない義援金を日本に送ることを表明されたという。また、先ごろ大震災に見舞われたニュージーランドからも救助隊が来日するとのこと。自国の救助活動も難航している最中というのに、「われわれが今度は日本を助ける番だ」と多くの救助隊員の派遣を決められたというのだ。本当に胸が熱くなる出来事である。これも海外において地元の人たちの為に懸命に頑張ってこられた日本の方々のおかげであるといえるだろう。自分のようなしがない人間が言うのもなんだが、そういった日本の方々に、そして救援の手をさしのべてくださっている世界の方々に深く御礼申し上げたい。本当に「ありがとうございます」と心から言いたい。

東京都知事の石原氏が「今回の津波は天罰、日本人のもつ『我欲』をこれで洗いおとせればいい」といった趣旨の発言をされているようだ。たしかに昨今は自我ばかりが強い人・心にゆとりのない人が増えたような気もする。しかし、どんな人の心の中にも必ず仏心というか善意の心は宿っていると思えるから、「世も末」というような感覚は自分にはない。他人がどうこうということよりも、まずは自分自身が自らの心の善意(善の定義も人それぞれとは思うが)の声に従った行動をとることが大事なように思える。懸命にそれをつづけることで、いつかは誰かにその想いが伝わっていくのではないか。今、世界中から支援の声が起こっていることもそれの表れではないかと思える。善意は人に伝わるもの。それが改めて確信できたような気がする。


毎日、テレビには声も出なくなるような、信じられないような映像が流れている。まだまだ被災地の現状は未確認な部分も多い。これから更に明らかになっていくであろう被害の状況に僕ら国民はますます驚嘆することだろう。大自然の力とはかくも強大で恐ろしいものであったのか。人の営みとはかくも無力なものであったのか。血と涙とともに一生をかけて積み上げてきた人間の努力の結晶がこうも簡単に消え去ってしまうようなことがあってよいものか。様々な人の営みを、想いを、人生を、一瞬にして消し去ってしまった大津波。

昨日、被災地からの映像の中で心に残るものがあった。避難解除で避難所から自宅のあった場所に戻ってきたある男性がインタビューを受けていた。自宅はいうまでもなく辺りも倒壊。あまりの状況に暫し男性は声を発せられずにいた。時をおいて心の底から振り絞るように、物はすべて無くなったけど人は残ったと。一言残して家族の人に支えながらその場を去って行った。
人は大いなる自然の力にはなすすべも無く無力な存在である。それでも、人は生きていく。この世に生を受けた以上、人は生きていく。生きて生きて、一生を終え、そして命を次の世代につなげていく。そうして人の営みはまた延々と続いていくのである。それもまた大自然の中のひとつの「力」にちがいはあるまい。人が残りさえすれば、希望の光は必ずある。本当に大切なことをあの男性に教えられたような気がした。

被災地から距離を隔てた、そして幸運にもあるべき日常を過ごすことのできる地にいる僕にとって、できることはなにかと自分に問う時間がつづいている。募金や支援も必要不可欠なことではあるが、なにより与えられた日々を懸命に過ごすこと、お勤めを懸命に勤め上げることが大切だと心が定まってきた。元気であること。元気であれば、支援の手も差し伸べられるからだ。この先、この災害の影響が国内の随所に表れることだろう。様々な問題が生じてくることだろう。覚悟は必要だが、とにかく与えられた時間を精一杯過ごすことこそ肝要に思える。頑張るしかない。