横峰寺境内の様子1














                     『 第六十番札所 石鉄山横峰寺 境内の眺め 』


【2010年5月3日】

 起床は午前5時20分。相部屋の2人を起こさないよう注意しながら、床をかたずけ、出発の準備をすすめる。洗面所で用を済ませ部屋に戻ってくると、年配のお遍路さんが起きてらして「出発するのか?」と声をかけてくださった。もう一人の若いお遍路さんはまだ熟睡中、起こしてはいけないので小声で2人で暫し談笑する。「ひょっとしたら、これでお別れになるかもしれないので・・・」と一応別れの挨拶を交わしたあと、荷物を背負い部屋を出た。別れの挨拶は実にあっさりとしたものとなったが、それはお互いがまだ縁がつづくのではないかということを薄々感じていたからかもしれない・・・。

 午前5時50分、ビジネス旅館小松を出発。一旦、国道に出て近くのコンビニに寄る。朝食を摂らねばならなかったし、昼食用の食料も調達しなければならなかったからだ。
 店の外に腰を下ろし、朝食のパンをむさぼりながら、遥か南に聳える山並みを眺める。「今日は一日、どっぷり山の世界と付き合うことになるな」などと考えながら・・・。
 午前6時40分にコンビニを出発する(結局、早出とはいえない時間帯となった)。出発する際に昨日まで温存しておいた2本のストックをザックから取り出した。この日の行程は殆どが山歩きとなるため、出だしからノルディック歩行でいこうと決めていたのだ。金剛杖を紐でザックにくくりつけ、2本のストックを使っていよいよ歩きはじめる。2ヶ月間練習を積んだノルディック歩行、全てはこの日のためだったのだ。ついに成果を見せるときがやってきた、嗚呼・・・。嬉しいやら恥ずかしいやら、複雑な心境で遥か山並みの方角を目指して歩を進めていく。


小松より横峰寺へと歩き始める




『 国道11号線から南に聳える山並みに向かって歩く・・・ 』



 広々とした農作地や点在する民家の景色を眺めながら歩くこと、およそ20分。松山自動車道の高架下を通過してから先は少しずつ景色の様子が違ってきた。あまり人気(ひとけ)を感じない、そして自然の密度が濃くなっていくような景色が拡がってくる・・・。「そろそろ山道に入っていくのか」と思うにつけ、ちょっとわくわくした気分になる。今回の旅の正念場がここから始まるのだ。

 途中、大きな砕石場の傍を通り抜ける。更に先へ進むこと二十数分後、左手に「60番札所横峰寺近道」と書かれた白い小さな立札が見えてきた。立札が示す左手の細い道に入るが、そこから先は本格的な登山道だった。左右に樹木がうっそうと生い茂る山道。いよいよだなと思った。横峰寺へのきつい道中のはじまりである。

 僕の選んだルートは地図上では確かに近道ではあった。しかし距離が短い分、勾配が激しくなるのだ。急な登り坂が度々現れ、その都度、呼吸を荒げながらせっせと脚を踏み出して行く。2本のストックを使いながらの坂道歩行は膝の負担を軽減してくれるし、身体のバランスがうまく保てるという利点もあって、これまでの金剛杖のみに頼った歩行に比べると正直楽である(とはいえ、やっぱりしんどいですが・・・)。背中のザックにぶら下がっておられる『お大師さん』には今日だけはゆっくりお休みしていただく。いつも一緒に歩いて下さる『お大師さん』を背中にしょっているような感じがなんとも新鮮だった。


横峰寺への山道








『 急な坂道の多い山道。僕は歩くのに少し苦労したが、山歩きの達者な方なら左程きつい道ではないのかもしれない。 』


 道端に時折、蓮の形をした小さな石碑を見かけるようになる。お地蔵様の御姿が刻まれており、その真横に漢数字と「丁」の文字が・・・。「ああ、丁石か」と合点がいった。丁石が設置されているということは、この道も白滝奥の院を経由する山道と同様に昔から遍路道として利用されていたのだろうか。しかし、この丁石なるもの・・・。距離や現在位置を知る上では非常に重宝するものの、こういったきつい坂のつづく山道を進む場合にはモチベーションを下げる要因にもなりかねないように思える。距離を意識しながら坂道を登るというのは精神的にはかなり辛くなる(個人的な意見だが)。むしろ何も考えずにひたすら脚を動かしているほうが楽な気もするので敢えてそうして歩くのだが、丁石が目に入ることによって嫌でも距離というものを意識せざるをえなくなる。「これだけしんどい思いをして歩いてきたのに、まだ○丁しか進んでないのか・・・」と、ため息が漏れることもしばしばである。善意によって設置されたものとはわかってはいるのだが、僕のような未熟者には通行者の心の修行を促すために設置されたのではと思われてならない(ありがたいことである)。


横峰寺へ向かう山道にて 丁石










『 山道に設けられた丁石。何時頃造られ設置されたかは不明。 』


 やや長い坂道にさしかかり、少しスタミナも切れてきたので荷物を下ろし休憩を摂る。前後には人影もなく、辺りは鬱蒼と生い茂る木々のみ、聞こえてくるのは鳥のさえずりだけである。地面に腰を下ろし水分を補給しながら何も考えずに周りの景色を眺めたり空気を感じたりしながら時間を過ごしていると、なにか自分も自然の一部になったかのような錯覚を覚えてしまう。こういった時間・・・。じつは僕が遍路の旅の中で一番好きな時間なのである。わずらわしいものは何もなく、自然の栄養素を身体いっぱいに浴びながら満ち足りた気持ちになれる。遍路を始めた頃は、こういった時間をもつことはあっても、「あまりゆっくりしてられない、先を急がないと・・・」と目的地を目指すことばかりが頭をよぎり、その瞬間を楽しむ心の余裕が無かった。旅を重ねるごとに心の余裕が生まれ、お陰様で今では充分に自然と語らえる時間を楽しむことができるようになった。その「心の余裕」は日常生活の中に於いても生きているように思える。遍路の旅をここまでつづけてきてよかったと、つくづく感じるのだ。


 山道を進みだしてから、およそ1時間。険しい坂を登りきり、ようやく白滝奥之院経由の山道との合流地点にたどり着いた。白滝奥之院経由の山道(通称は香園寺道というらしい)は見たところ、なだらかな山道であった。そのなだらかな道を一人の女性のお遍路さんが此方に向かって歩いてくる。彼女には見覚えがあった。確か昨夜宿の本館の食間でお見かけしたような・・・。「同じ宿でしたよね?」と思わず声をかけると、「そうですよ!」との返事。そこから話が弾み、一緒に歩くこととなった。「そちらの道(香園寺道のこと)はきつくなかったですか?」と聞くと、「途中確かにしんどい場所はありましたけど・・・、そんなに大変だったという程では無かったですね。」とおっしゃる。さては僕の選んだ道は間違っていたのだろうか・・・。どうやら分の悪い道を選んでしまったようである。

 合流地点から少し歩いた場所にベンチをいくつか並べた休憩所があった。そこに1人の熟年お遍路さんが座っておられるのが見えたので、声をかけ話しを伺ってみる。この方は既に横峰寺を打ち終え、これから香園寺へ向かわれるそうである。ここから先の山道の様子を聞くと、「まだまだ先は長いよ。これからもっときつくなる。」との事。それから暫く3人で談笑する。60代とおぼしきこの熟年遍路さん、なんと一日に50km近くもの距離を歩かれるのだそうだ。「すごいですね!とても真似できないな。」と女性遍路さんと顔を見合わせながら苦笑い・・・。いやはや、最近の熟年世代のパワーには本当に頭が下がる思いだ。


横峰寺へ 香園寺奥の院経由の道との合流点 



『 白滝奥之院経由の山道との合流点。ここから先は少しは道が歩きやすくはなったが、それも束の間だった・・・。』


 熟年遍路さんに別れを告げ、僕らは山道を更に進む。狭い山道だけに横並びで歩くこともできず、僕の後ろを女性遍路さんが付いて歩くという形になった。殊更急がず、遍路話で盛り上がりながら、ゆっくりと歩を進めていく。道は険しさを増しているかにも思えるのだが、僕はしょっぱなから険しい道を進んできたために脚がそれに慣れてしまっていて、大して苦にはならなかった。だが、女性遍路さんは少し辛そうな様子で、進むごとにペースが落ちているように思えた。心配になったがそれを声に出して言うことはせず、幾分ペースを落としながら歩くようにする。「大丈夫?」などと声をかけると、却って彼女の辛い気持ちに油を注ぐような気がしたからだ。ゆっくりとしたペースを守りながら進む。時折、道端に咲く一際美しい野花の傍で、また木々の切れ間から景色が見渡せるポイントなどで脚を止めては適度に休憩を摂るように努めた。休憩しながら交わす会話で、疲れも幾分和らいでいく。
 こういう山道をお遍路同士で歩く場合、必ずといって良い程話題に上るのが十二番札所焼山寺に至る山道を歩いたときの思い出話である。「やっぱりあの山道がなにより辛かった」「あれに比べりゃ、今の道はまだまだマシですね・・・」といった具合で会話が弾むのだ。僕らもその例に洩れず其々の思い出話を語りながら歩いた。同じ体験、似たような感想をもっていることを確認することで仲間意識は高まるものである。そんな「仲間」と一緒に歩くことで、険しい道程も却って楽しいものとなり、独りなら長く思える行程も気がつけばアッという間に時が過ぎていく・・・。
 
 二人で歩き始めてから、1時間少々経っただろうか。険しかった山道をようやく貫けて車も通行できるほどに整備された道をしばらく進んでいると、いつしか通行人を多く見かけられる場所に出た。皆さん、白衣をきておられるところをみると、横峰寺に向かうお遍路さんのようである。軽装なので、ツアー遍路さんか車遍路さんなのだろう。近くに駐車場があって、そこから移動されているにちがいない。「あの人たちは車遍路さんのようですね・・・。」「じゃあ、もう横峰寺のそばまで来てるってことですよね!」そんなことを話しながら歩いていると、左手にコンクリートで造られたなだらかな坂が見えた。そこから多くのお遍路さんがぞろぞろと降りて来られている様子を見て、女性遍路さんが「あ!あの坂の上が横峰寺なのかな!ちょっと行って見てきますね。」と言うやいなや、急ぎ坂を駆け上がって行った。なんとなく違う気がしたので、道端に立って待っていると程なくして彼女は戻ってきた。「どうやら駐車場だったようです・・・。」と、苦笑いしながら語る女性遍路さん。よく見ると坂道の端に『バスのりば』と書かれた道標が立っているではないか。それを見ながら二人で大笑いする。どうやら僕らはかなり疲れていたようだ(笑)。「そういえば思い出しましたよ。」と、実は彼女が幼い時期に祖父に車で連れられて一度横峰寺に来たことがあることを知らされた。「へえ、そうだったんですか?」「かなり昔のことだけれども、確かにあんな坂を下りた記憶があります・・・。」ひょっとしたら祖父との古き思い出が彼女を歩き遍路へと駆き立てているのかもしれない・・・。


 午前9時50分、僕らはようやく六十番札所横峰寺に到着した。香園寺につづく道を逆方向に進んできたわけだから、丁度、御寺の裏口から入ってゆく形になった。


横峰寺 裏口から



『 横峰寺の裏口(?)。本来は横峰寺を参拝後、ここから出発して次の札所の香園寺に向かう。 』



 裏口から程ない場所にあった御堂の傍のベンチに荷物を下ろす。小松からの長い行程をようやく終えたということで、とにかく一息つきたかった。ベンチに腰を下ろし、僕はひとまず休憩を摂ることにしたが、女性遍路さんは休む間もなくそのまま参拝に向かわれるという。あまりゆっくりしている暇もなさそうだ。具体的なことは聞かなかったが、今日中にもっと先まで進まれるつもりなのだろう。「じゃあ、僕はもう少しここで休んでいきますので・・・」と言い出してから、自然、別れの挨拶を交わすこととなった。石鎚山を目指す僕と彼女では進む道が違う。いずれは別れることになるのだ。名残は惜しいがここが別れ所なのだろう・・・。「一緒に歩けて楽しかったです、この先もお気をつけて!」「石鎚山、頑張ってください。」本堂に向かって歩いていく彼女の後ろ姿を見送りながら、これから先も無事に歩いていかれるよう祈る。そして、ここまで一緒に歩いてくださったことに改めて感謝の思いが湧いてくるのだった。
 彼女を見届けた後、またベンチに腰を下ろして身体を休める。休みながら、今回の御縁について考えた。横峰寺までの山道は確かに厳しい道であった。しかし、あの女性遍路さんと一緒に歩いたことで精神的な辛さなどは微塵も感じなかったのだ(彼女も同じように感じてくれたなら幸いである)。これは独り善がりな考えかもしれないが、これから石鎚山の登ろうとする僕の行く末を案じて、御大師様が彼女と一緒に歩けるよう導いてくださったのかもしれない。せめて横峰寺までは精神的に楽に歩けるように・・・。いや、はやりこれは独り善がりの妄想かもしれない、御大師様に笑われそうだ(笑)。


 横峰寺の境内は、僕が予想していたイメージとは違って、なんとはなしに明るい雰囲気の漂う境内だった。僕が抱いていたイメージは、もっと鬱蒼とした木々に囲まれたいかにも山寺というようなものだった。御堂などもかなり古めかしいものばかりだと思っていたのだ。なんといっても、あれだけ長く険しい山道を歩いてこなければならない場所にあるのだから・・・。役の行者様が開かれた御寺ということなので、質素で自然色の濃厚な御寺とばかり思っていた。しかし、実際目にしてみると、全く見当違いだったようだ。御寺を囲む辺りの山の木々は境内からは少し距離を置いて立ってるという案配で、境内に日陰はあまりなく、明るい日差しが満面に降り注いでいるという感じだ。本堂・大師堂をはじめとする諸堂も極端に古めかしさを感じさせるものでもなく、殊に納経所に至っては恐らくここ最近であろうと思われるが新しく建て換えられたようで、本当に綺麗なものである。本堂と大師堂を結ぶ回廊にはチューリップを植えた花壇が設けられていて、それがまた一段と境内の明るさを演出しているように思える。
 ただ、この日はすこぶる晴天であった。境内の明るさを印象づけた要因がこの天候にあることもたしかであろう。雨天の日などに来れば、また違った印象を受けるにちがいない。


横峰寺境内 大師堂へつづく回廊横峰寺境内に咲くチューリップ







『 本堂と大師堂を結ぶ回廊。色鮮やかな花々に気持ちが和む・・・。 』



 ひとしきり身体を休めた後で参拝道具を身につけて本堂、大師堂と順次参拝を行う。大師堂を参拝している時だったが、般若心教を唱えていると、ふと後ろから声をかけられた。振り向くと、そこには見覚えのある人物が立っていた。ほかでもない。ビジネス旅館小松で相部屋だった、あの熟年遍路さんだった。「あれ、いつ着いたんですか?!」と、参拝を一時中断して(どうかとは思ったが・・・)お互いの再会を喜んだ。今しがた着かれたばかりのようで、これから参拝を行うとのこと。あとでゆっくり語りましょうと一旦は別れ、各々の参拝・納経を終えた後で、あの裏口近くの御堂で落合い(熟年遍路さんも僕と同様にここのベンチに荷物を置いていた)改めて再会を祝した。「いやー、まさか追いつけるとは思わんかった」と笑顔で話す熟年遍路さん。しかし、僕には当然の成り行きとも思える。なんせ、この方は大変な健脚でいらっしゃる。追いつかれるのは予想していたことだった。とはいえ、こうして面と向かって再会できたということは、やはりまだ御縁があったのだということなのだろう。下手をすれば、参拝者の多いこの境内の中でお互いの存在に気付かずに擦れ違いになっていたかもしれないのだ。 
 宿の朝食(僕は朝食は摂らなかったので)について訊ねたり小松からの道程についての話で盛り上がりながら暫し談笑を楽しんだが、お互いまだ先を進まねばならない身の上だ。そうそう落ち着いてるわけにもいかない。進む道が同じであるならば、もっと色々な事を話しながら一緒に歩いて行くこともできるだろうが・・・。それはできなかった。この方ともお別れのときがきたようだ。「今日はどこまで歩かれるんですか?」と訊ねると、「うん、今日はあまり無理をせずに、前神寺さんあたりまでにしようかと思っとる。近くに石鎚温泉という温泉施設があるみたいだから、歩き終わったらそこでゆっくり湯にでもつかって・・・。ほんで、明日は家に帰ろうと思っとるよ。」と淡い笑顔で答える熟年遍路さん。この方も区切り打ちで巡礼されているわけだが、この日が今回の巡礼の最終日だったのだ。「温泉ですか、いいですねえ・・・。僕も石鎚山はやめておいて、石鎚温泉にしとこうかな。」などと冗談を言いながら二人で笑いあった。ちなみに、この石鎚温泉。後に聞いた話では、現在は営業されていないとのこと。熟年遍路さんが、その後どうされたのかは今となってはわからないが、さぞかしがっかりなさったことだろう。かなり楽しみにされていた様子だったから・・・。

 裏口から再び山道に向かって出発される熟年遍路さんを見送った。女性遍路さんにつづき、御縁のあった方との別れがまた・・・。旅のなかでの人との出会いは楽しいものであるし、心温まるものだ。しかし、その人達との別れの時も早々にやってくるものだと心得なければならない。出会いは別れのはじまりだという言葉もあるが、だからこそ出会った時の時間を大切にしなければならないし、短い時間でしか一緒に過ごせなかったからこそ、その出会いの時は色濃く記憶に残るのである。これまでも様々な人に出会ってきたが、その人達の思い出は僕の記憶の中にしっかりと刻まれているし、これからももっと多くの人に出会いその記憶は生涯残っていくのだろう。「心の財産」として、その記憶は大事にしていきたい。

 また独りになってしまったが、旅はここから先が山場である。寂しいなどと言ってもおれず、次の目的地に向かうためにいよいよ荷物を背負い横峰寺を出発した。次に向かうのは、番外霊場・星ガ森。憧れの地と対面する時がいよいよやってきたのだ。