2008年12月31日 真念庵(その1)

 真念庵を建立した真念法師という人物については、僕は最近まで、少なくとも区切り打ちの遍路の旅が土佐の国の行程の半ばあたりにさしかかった夏頃(2008年7月)ぐらいまでは、殆ど知識が無かったと言っていい。真念庵という場所があることは遍路用の地図や解説本を見たりして確認はしていたし、かつて訪れたことのある佛海庵(室戸市佐喜浜町・二十四番札所最御崎寺より北へ20km)のように四国路往来に難渋した遍路人のための救済所であったことも何かの資料で読んだことはあった。夏までに得ていた知識というのはその程度の漠然としたものに過ぎなかった。
 その後、ネットなどを通じて少しずつ情報を集めてはみた。まだまだ勉強不足の段階ではあるが、今回の遍路の旅に出発するまでには大まかな概要は知り得ることができたと思う。


 真念法師は江戸時代に活躍した巡礼僧だが、詳しい経歴については不明な点が多いらしい。墓所が香川県牟礼町の州崎寺(番外霊場とされている)にあるらしく、墓の記述によれば没年は元禄期ということだ。深く弘法大師に帰依されていたようで、自ら四国巡礼の旅に出ること二十数回にも及び(言うまでなく二十数回四国を周られたということである)、また遍路人の便宜を図るために指南書(ガイドブックのようなもの)を製作したり、標石を設置するなどの事業もされたようである。
 真念法師による著作・出版された指南書には「四国邊路道指南」「四国邊礼功徳記」「四国邊礼霊場記」がある。中でも「四国邊路道指南」は内容的にもまさにガイドブックと呼ぶに相応しいものとなっており遍路道に関わる詳細な情報が載せられている書物だ(といいながら僕はその書物や解説本などを読んだ経験がないので詳しいことはわからない)。「四国邊路道指南」が世間に出回ることにより、四国遍路道の情報は広く一般大衆にも知れ渡り、武士階級や僧侶以外の人達が四国遍路を盛んに行うようになる。真念法師の活躍によって四国遍路はいわゆる「メジャー化」されたようである。各地で遍路道沿いに村人たちなどの手による標石が設置されだしたのも、この時代以降ではないかということだ。「メジャー化」されたとはいえ、四国に渡った遍路人は不治の病を抱えた人たちや様々な事情で国を追われた人たち、また罪によって終生遍路を続けることになった人たちなどが殆どだったようだ。病を抱えた人たちは霊場を巡ることによる功徳によって病が治るのではないかという僅かな希望をもって残る生涯を遍路に捧げた。しかし、その願いは適う事無く、行き倒れになる人や足摺岬に身を投げる人が多くいたようだ。ただでさえ、昔の四国路は「辺土」と呼ばれたほど想像を絶する難所ばかりだった。来る日も来る日も、死ぬ思いで歩き続けた遍路人の苦しみや悲しみは如何ばかりであったか…。そんな遍路人を救済する施設が四国ではあちらこちらに創られたようだ。真念庵もそんな施設のひとつであったようだが、或いは違った役割もこの庵は担っていたようである(その事についてはまた後に…)。
 真念法師は「四国遍路の父」「四国遍路中興の祖」と名で呼ばれているということだが、大師信仰や四国遍路に関わる事業に全てを捧げた生涯を総括するには本当に相応しい贈り名に思える。現在も四国遍路というものが盛んに行われている背景には、真念法師が江戸期からしっかりと土台づくりをしていたという事実があったことも忘れてはならないだろう


 現在では小さな御堂や石仏・墓石のみが残っているらしく、真念法師が活動の拠点としていた建物のようなものは消失してしまったようだ。霊場としての規模もごく小さなものに過ぎないかもしれない。しかし、物理的に何が現存していてどれだけの規模の霊跡なのかということは大した問題には思えない。僕がどうしても立ち寄りたかった理由としては、真念法師が確かにいたであろうその場所の空気というものに触れたかったのだ。その場所に今存在する全てのものがなにかしら昔の息吹のようなものを伝えてくれるのではないか…、そんな期待感があった。

 荷物を背負いドライブイン水車を出発。新伊豆田トンネルの方角へ向けて歩きはじめる。こちらからトンネルを眺めると入口の手前はごく短い高架道路になっているが、さらにその手前に左方向にのびている車道(北に向かう道で少し進めば三原村を通る県道46号線と交差している)が見える。真念庵へ行くにはその道を進むほうがわかりやすそうだ。しかし地図を見れば、なにやら近道のようなものが表示されている。近道の入口は今いる場所のすぐ近くのようだが…・。

 (近道…。どっから入れるんやろう…。)

気持ちは早くも近道のほうに傾いていた…。できるならば多少は遠回りになっても確実にわかりやすい道を選んだほうが無難ではあった。しかし、僕という人間はどこかひねくれていて、余程急いでいたり疲れていたりしている時は別として、何故かややこしい道やしんどい道を選んでしまう。平穏な道中を避けてしまう悪い癖がある。そんな自分をいい意味で捉えるならば「冒険心をもった粋なヤツ」とでも言えるのだろうか…?いやいや、そんな表現などは全く当てはまらないだろう。明らかに「ムダの多い無計画なヤツ」としか言い様がない。気の向くままに面白そうな道があれば、ついついそちらを進んでしまう…。他人様の目にはマイペースで野放図な人間にしか映らないかもしれない。まあ、団体行動には向いていない性格と言えるだろう。
 入口を求めて進むうちに、左方向へ伸びる車道が目の前に見える場所まで出てしまった。結局この道を進むしかないなと気持ちが決まりかけたところで、ふと何気なく左手を見ると、頭上に茂る木々の間に細い一本の石段が上へと続いているのが眼に入った。

 (お…!この階段を登っていけばええんかな…??)

 石段の登り口には茶色くくすんだ大きな石がある。石にはなにやら文字が彫られているようだ。石の傍には「道標あり(あしずり遍路道)」と書かれた白いプレートが設置されている。

 (これは昨日何度か見かけた丁石と同じものやな…。)

 間違いない。この石段を登った場所に真念庵があるようだ。しかし、ここまで車道のすぐ傍まで出てくると、あまり近道とも思えないような気もするが…。なにはともあれ、石段を登っていくことにした。待ち望んだ真念庵との対面が目の前に迫っていた。