2008年12月31日 下ノ加江〜市野瀬(その2)
【市野々分岐点を過ぎ市野瀬に向かって歩く】
市野々分岐点から市野瀬までの道すがら、何人かのお遍路さんと擦れ違った。いずれも僕とは進行方向が逆で、足摺方面へ歩いている方達だった。挨拶を交わすだけの人もいたし、脚を止めて少しばかり会話をした人もいた。中でも特に印象に残っているのが次の御二人だ。
はるか前方から、一人の中年男性(熟年男性といったほうが正しいか?)がこちらに向かって歩いてくる。どこか歩く姿勢が不安定でヨロヨロしながら前へと進んでいる。まあ、そんな人もいるわなと最初は気にもとめなかったが、距離が近くなるにつれて徐々に容貌が掴めてきた。グレーの上着にズボン、頭には同じ色のキャップ帽。どこかで見たスタイルだ。
(ああ、あれだ。工場なんかで作業員の人が身につけているものだな…。)
地元で働く職工さんだろうか。仕事の合間になにか急な用事ができて家に戻られる途中なのか…。いや、そうではなく夜間勤務をされている方なのかもしれない。フラフラになるぐらいに仕事が立て込んでいて、勤務時間が終わってからもすぐに帰宅する元気もなく会社でウダウダやっているうちに、いつの間にか日も高くなってしまった…。「そろそろ帰りますわ!」と会社を出たのはいいが、疲労困憊で足元もおぼつかない…。「なんとか頑張ろう…、家まであと少しだ…。」と自分を奮い立たせながら頑張って歩いておられる…。
…とか??
しかし、よくよく考えれば、今日は大晦日だ。いくらなんでも大晦日は全国的に休日だろう…。でも、この不景気な御時世だ。大晦日なんていってられない会社だってあるだろう…。大変だな…。寒い時代だな…。
…などと、勝手な想像を進めているうちに、男性との距離は更に縮まってきた。どうやら、手に何かを持っておられるようだ。長い棒のようなものを水平にして背中に当てている。そしてその両端を左右の手で握りながら歩いておられる。なんだろう、あの棒は…。
男性の顔がはっきりわかるくらいに距離が縮まったときに、ようやく何なのかがわかった。棒というより、あれは杖だ。金剛杖ではないか…。ひょっとしてお遍路さん…??
「こんにちはー。」
分厚い眼鏡をかけ、少し小太りな体型のおじさんだった。笑顔で挨拶をしてくれたのはいいが、その表情には覇気というか元気というものが感じられない。かなりお疲れの様子だった…。
「こ、こんにちは…。」
少したじろぎながらも挨拶を返した。まさか、お遍路さんだったとは…。昨年から区切り打ち遍路を始めてより此方、これまでも何人かの個性的な人達に出会ってはきたが…。作業服でお遍路をされている方に出会ったのはこれが初めてだった。
思わず脚を止める。こういう方を見ると、ついついお話を聞きたくなってしまうのだ。物珍しさなどでは決してない。むしろ、言いようもない親近感からだといったほうがいいだろう。個性的といわれる方というのはなにかと世間では「変わり者」扱いされてしまうが、見方を変えれば立派に自分の色というものを世間に提示しているわけで、その姿勢は小心な人間には決して真似はできない。つまらない世間の風評など気にもとめず、自分自身を貫き通すその在り様は尊敬すべきものだ。僕はこういった人達は好きだし、かく言う僕自身も昔から知人に「あんたは変わってんなあ…」と言われつづけてきた人間なのである。「のんびりしてる」、「天然入ってる」、「悩みなんてなさそうだ」などと色々言われてきたが…。自分では至って普通だと思ってはいるが、周囲の人間からは個性的な人種に見えるらしい。「類は類を呼ぶ」ではないが、こんな性格だからこそ、個性の強い人に対しては親近感を抱いてしまうのだろう。
「今日は何処まで歩かれるんですか?」と訊ねてみると、
「いやあ…、とくに何処までとは決めてませんねえ…。まあ、行けるところまで…。できれば以布利あたりまで歩ければいいとは思ってるんですけど、見てのとおり、もうフラフラで…。明け方から、ぶっとおしで歩いてきたんでね…。多分、以布利までは無理だろうなあ…。」
話を聞いているうちに、(このおっちゃん、大丈夫かいな?)と心配になってきた。明るく振舞ってはおられるが、話す言葉や表情には全く元気がない。通し打ちのお遍路さんなのか…?徳島から何日もかけてここまで歩いてきて、ついにスタミナが切れたのか…?
「いや、自分は区切り打ちです。今日が2日目なんですけどね…。」
そうか、じゃあオレと同じやなあ…。2日目でこの状態だと、昨日よほど無理なペースで歩きすぎたか、はたまた歩くことにあまり慣れていらっしゃらないのか…。
「うーん、以布利はここからだと通しで歩いても4時間以上はかかりますねえ…。ちょっとキツいかもしれませんね。」
少し大袈裟に言ってみた。実際には4時間はかからないかもしれない。しかし、この男性の体調を考えると、4時間で行けるかどうかも怪しく思えてくる。無理をせず、何度か休憩を入れながら、ゆっくり行かれるのが最善に思えたので、お節介とは知りながらもそうするように言ってみた。男性も「そうですね、そのほうがいいですね」と笑って応じてくださった。
【市野々分岐点を過ぎ市野瀬に向かって歩く】
市野々分岐点から市野瀬までの道すがら、何人かのお遍路さんと擦れ違った。いずれも僕とは進行方向が逆で、足摺方面へ歩いている方達だった。挨拶を交わすだけの人もいたし、脚を止めて少しばかり会話をした人もいた。中でも特に印象に残っているのが次の御二人だ。
はるか前方から、一人の中年男性(熟年男性といったほうが正しいか?)がこちらに向かって歩いてくる。どこか歩く姿勢が不安定でヨロヨロしながら前へと進んでいる。まあ、そんな人もいるわなと最初は気にもとめなかったが、距離が近くなるにつれて徐々に容貌が掴めてきた。グレーの上着にズボン、頭には同じ色のキャップ帽。どこかで見たスタイルだ。
(ああ、あれだ。工場なんかで作業員の人が身につけているものだな…。)
地元で働く職工さんだろうか。仕事の合間になにか急な用事ができて家に戻られる途中なのか…。いや、そうではなく夜間勤務をされている方なのかもしれない。フラフラになるぐらいに仕事が立て込んでいて、勤務時間が終わってからもすぐに帰宅する元気もなく会社でウダウダやっているうちに、いつの間にか日も高くなってしまった…。「そろそろ帰りますわ!」と会社を出たのはいいが、疲労困憊で足元もおぼつかない…。「なんとか頑張ろう…、家まであと少しだ…。」と自分を奮い立たせながら頑張って歩いておられる…。
…とか??
しかし、よくよく考えれば、今日は大晦日だ。いくらなんでも大晦日は全国的に休日だろう…。でも、この不景気な御時世だ。大晦日なんていってられない会社だってあるだろう…。大変だな…。寒い時代だな…。
…などと、勝手な想像を進めているうちに、男性との距離は更に縮まってきた。どうやら、手に何かを持っておられるようだ。長い棒のようなものを水平にして背中に当てている。そしてその両端を左右の手で握りながら歩いておられる。なんだろう、あの棒は…。
男性の顔がはっきりわかるくらいに距離が縮まったときに、ようやく何なのかがわかった。棒というより、あれは杖だ。金剛杖ではないか…。ひょっとしてお遍路さん…??
「こんにちはー。」
分厚い眼鏡をかけ、少し小太りな体型のおじさんだった。笑顔で挨拶をしてくれたのはいいが、その表情には覇気というか元気というものが感じられない。かなりお疲れの様子だった…。
「こ、こんにちは…。」
少したじろぎながらも挨拶を返した。まさか、お遍路さんだったとは…。昨年から区切り打ち遍路を始めてより此方、これまでも何人かの個性的な人達に出会ってはきたが…。作業服でお遍路をされている方に出会ったのはこれが初めてだった。
思わず脚を止める。こういう方を見ると、ついついお話を聞きたくなってしまうのだ。物珍しさなどでは決してない。むしろ、言いようもない親近感からだといったほうがいいだろう。個性的といわれる方というのはなにかと世間では「変わり者」扱いされてしまうが、見方を変えれば立派に自分の色というものを世間に提示しているわけで、その姿勢は小心な人間には決して真似はできない。つまらない世間の風評など気にもとめず、自分自身を貫き通すその在り様は尊敬すべきものだ。僕はこういった人達は好きだし、かく言う僕自身も昔から知人に「あんたは変わってんなあ…」と言われつづけてきた人間なのである。「のんびりしてる」、「天然入ってる」、「悩みなんてなさそうだ」などと色々言われてきたが…。自分では至って普通だと思ってはいるが、周囲の人間からは個性的な人種に見えるらしい。「類は類を呼ぶ」ではないが、こんな性格だからこそ、個性の強い人に対しては親近感を抱いてしまうのだろう。
「今日は何処まで歩かれるんですか?」と訊ねてみると、
「いやあ…、とくに何処までとは決めてませんねえ…。まあ、行けるところまで…。できれば以布利あたりまで歩ければいいとは思ってるんですけど、見てのとおり、もうフラフラで…。明け方から、ぶっとおしで歩いてきたんでね…。多分、以布利までは無理だろうなあ…。」
話を聞いているうちに、(このおっちゃん、大丈夫かいな?)と心配になってきた。明るく振舞ってはおられるが、話す言葉や表情には全く元気がない。通し打ちのお遍路さんなのか…?徳島から何日もかけてここまで歩いてきて、ついにスタミナが切れたのか…?
「いや、自分は区切り打ちです。今日が2日目なんですけどね…。」
そうか、じゃあオレと同じやなあ…。2日目でこの状態だと、昨日よほど無理なペースで歩きすぎたか、はたまた歩くことにあまり慣れていらっしゃらないのか…。
「うーん、以布利はここからだと通しで歩いても4時間以上はかかりますねえ…。ちょっとキツいかもしれませんね。」
少し大袈裟に言ってみた。実際には4時間はかからないかもしれない。しかし、この男性の体調を考えると、4時間で行けるかどうかも怪しく思えてくる。無理をせず、何度か休憩を入れながら、ゆっくり行かれるのが最善に思えたので、お節介とは知りながらもそうするように言ってみた。男性も「そうですね、そのほうがいいですね」と笑って応じてくださった。
「ところで貴方は今日は何処から歩かれてるの?」と訊ねられたので、地図を見せながら、大岐から歩いてきたことや、ここまでの道の様子などを男性に伝えた。こういった情報の伝達・交換はお遍路同士の間ではとても大事なことなのだ。
「大岐かあ…。あそこはたしかきれいな海岸があるんですよね。」
「ええ、本当にきれいな砂浜の海岸でしたよ。空もきれいですしね。夜空なんて最高でした。」
「うーん、そうかあ…。今日は大岐までにしておこうかな…。貴方の泊まった宿はどうでしたか?よかったですか?」
宿のことを聞かれると、あのおかみさんの顔が頭の中に浮かんできた。そうだ、おかみさんのためにもここはひとつ、宿の宣伝をしておかなくては…。
「いやー、なんといっても料理がおいしかったですね。居心地のいい宿でしたよ。おかみさんもいい人なんで是非泊まってください!!」
ついでに大岐から足摺岬までの道程についても、知りうる限りの情報を男性に伝えた。つたない情報かもしれないが、少しでも役に立ってもらえるなら幸いだ。その後、少々雑談を楽しんで男性と別れた。後ろ姿を見送りながら、何ゆえ作業姿なのか訊ねるのを忘れてしまったことに気がついた。
(まあ、いいか…。多分、動きやすいからなんだろう…。そうしとくか!)
背負っておられるリュック(のようなカバンだった)が妙に小さかったことや、なぜに杖を地面に突かずに背中にあてているのかなど、不思議な点の多い人ではあったが…。しかし、どこか他人の心を掴むものを持っておられたような気がする。旅の無事を祈りながら、ヨロヨロと遠ざかっていく後ろ姿に別れをつげた。
もうひとりは、女性のお遍路さん。女の子だ。
ドライブイン水車(2日前に昼食をとるのに立ち寄った)に程近い地点にさしかかったときに、その子の歩いてくる姿が見えた。背丈は随分と小柄だが、なかなか歩きっぷりがいい。年は随分とお若いようで、学生さんなのかもしれない。擦れ違い様、お互いに挨拶を交わした後で、脚を止めて少しの間会話を楽しんだ。
「今日はどこから歩かれているんですか?」と月並な質問をしてみると、
「…ええと。 …『かみかわぐち』。 …『上川口』という場所から歩き始めました。」
「ええっ!!上川口ですか!!そりゃまた、随分と遠くから…。」
上川口はここから北(北東といったほうがいいか)へ20km以上も離れた場所にある。女性の脚で20kmもの距離を歩こうとすれば、6時間はゆうにかかるのではないだろうか(健脚な女性なら話は別だが)。
「…あの、何時くらいから歩いてるんですか??」
「…明け方から。 …いーや、明ける少し前くらいからですね。 …かなり眠いですーっ。」
たしかに眠そうだ。遠目から見たときの歩きっぷりのよさからは想像できなかったが…、眠いという範囲を通り越して、かなりお疲れの様子だ。顔にはあどけない笑顔を浮かべてはいるが、既に…、目が死んでいる…。
(瞼が思いっきり腫れてるやんか…。これはあまり無理をしたらいかんのとちがうか…。)
少し心配になってきた。大丈夫なのか、この子は…。傍目には元気に歩いている様には見えるが、実のところはかなり気を張り詰めながら無理をして歩いてるんじゃないだろうか…。
「今日はどのあたりまで歩くつもりなんですか?」
「以布利までです。一応、民宿にも予約を入れてるんで…。」
以布利かあ…。なんか、コンディションといい、行き先といい、さっき会った作業服のおじさんと妙にダブるのだが…。
「以布利ですか…。結構まだ距離ありますけども…。大丈夫ですか…?」
「だ、大丈夫じゃありませんー…。でも、予約も入れたし、宿の人も待ってくれてますから。がんばらないとだめなんですぅ…。」
ああ、やっぱり気を張り詰めていたのか…。このままでは、いつかバテてしまうんじゃ…。
「あのー…。余計なおせっかいかもしれませんけども…。あまり無理はしないほうがいいです。以布利まで行かなければならない事情もよくわかりますが、もう少し手前の場所で今日は終わられたほうがいいと思います…。明日のことも考えるとね、今日無理をしすぎて筋肉痛でも起こしてしまったら、かなり辛くなりますからね。今日はここまで充分歩かれたんですから、これから先は休憩を混ぜながらゆっくり行かれたほうがいいんじゃないでしょうか…。」
本当に余計なお節介だ。この子にはこの子の事情や思惑があるのだから、軽々しく口を挟むことは慎むべきだった。わかってはいたのだが、それでも要らぬ老婆心が働いたのだ。
「あ、ありがとうございます…・・。そうします。」
笑って彼女は同意してくれた。しかし、その朗らかな表情の中にはまだどこか張り詰めたものが感じられる。やはり、この子は以布利まで歩くつもりなのだろう。頑張れと心の中でエールを送るほかはなかった。
彼女と別れてから少し進んだところで、今度は別の女性遍路と擦れ違った。30代くらいの女性で、歩きっぷりもさることながら、とても爽やかな表情を浮かべながら颯爽と歩いておられる。この方とは挨拶を交わすだけでおわったが、ふと、「ああ、この人があの女の子に追いつけばいいのにな。この人があの子と一緒に歩くようになればいいのに…。」と思い、振り返って伝えようとしたが、既に女性の後ろ姿は遠く離れてしまっていた。かなりの健脚のようである。案じるまでもなく、女性があの子に追いつくまでにはそう時間はかからないだろう。うまくいけば、二人仲良く連れ立って歩くことになるかもしれない。良い展開になってくれることを祈るのみだが、あとは御大師様の御導きにお任せするしかないだろう。きっと、あの子にとってよいように取り計らってくださるにちがいない…。
それにしても、なぜこの二人が強く印象に残ってしまったのか。共通していることは、二人に対して別れ際に「この先大丈夫なのか?」と僕が心配してしまったことである。作業服のおじさんに関しては、もう明らかにコンディション面に不安を感じたからで、あれから無事に遍路を終えられたのか、このブログの記事をつけている今でも少し気になっている。女の子のお遍路さんについては、まずは男性遍路顔負けの歩行距離に対しての驚きがあった。上川口から市野瀬までの行程を早朝からお昼前までに歩ききったその体力。そういえば、Nさんが僕と初めて出会った日、その日の彼の出発点も上川口ということだった。Nさんが僕と一緒に昼過ぎ頃に市野瀬を通過したことを考えると、彼女は僕等を上回るペースで歩いていたことがわかる。或いは出発した時間が相当早かったのか…。しかしながら、僕と出会ったときにはかなり疲れが出ていたようだった。あれから無事、以布利に辿り着けただろうか。いや、彼女ならなんとか無事に辿り着けたにちがいない。問題は翌日から彼女本来のペースで歩けたかということだ。どこかで無理をすると、必ずその後に大きなツケがまわってくるものだ。その後の彼女の遍路がどうなったのかが今も気になっている。いい連れ合いに恵まれてなんとか無事に遍路を終えられたと信じたい。
「大岐かあ…。あそこはたしかきれいな海岸があるんですよね。」
「ええ、本当にきれいな砂浜の海岸でしたよ。空もきれいですしね。夜空なんて最高でした。」
「うーん、そうかあ…。今日は大岐までにしておこうかな…。貴方の泊まった宿はどうでしたか?よかったですか?」
宿のことを聞かれると、あのおかみさんの顔が頭の中に浮かんできた。そうだ、おかみさんのためにもここはひとつ、宿の宣伝をしておかなくては…。
「いやー、なんといっても料理がおいしかったですね。居心地のいい宿でしたよ。おかみさんもいい人なんで是非泊まってください!!」
ついでに大岐から足摺岬までの道程についても、知りうる限りの情報を男性に伝えた。つたない情報かもしれないが、少しでも役に立ってもらえるなら幸いだ。その後、少々雑談を楽しんで男性と別れた。後ろ姿を見送りながら、何ゆえ作業姿なのか訊ねるのを忘れてしまったことに気がついた。
(まあ、いいか…。多分、動きやすいからなんだろう…。そうしとくか!)
背負っておられるリュック(のようなカバンだった)が妙に小さかったことや、なぜに杖を地面に突かずに背中にあてているのかなど、不思議な点の多い人ではあったが…。しかし、どこか他人の心を掴むものを持っておられたような気がする。旅の無事を祈りながら、ヨロヨロと遠ざかっていく後ろ姿に別れをつげた。
もうひとりは、女性のお遍路さん。女の子だ。
ドライブイン水車(2日前に昼食をとるのに立ち寄った)に程近い地点にさしかかったときに、その子の歩いてくる姿が見えた。背丈は随分と小柄だが、なかなか歩きっぷりがいい。年は随分とお若いようで、学生さんなのかもしれない。擦れ違い様、お互いに挨拶を交わした後で、脚を止めて少しの間会話を楽しんだ。
「今日はどこから歩かれているんですか?」と月並な質問をしてみると、
「…ええと。 …『かみかわぐち』。 …『上川口』という場所から歩き始めました。」
「ええっ!!上川口ですか!!そりゃまた、随分と遠くから…。」
上川口はここから北(北東といったほうがいいか)へ20km以上も離れた場所にある。女性の脚で20kmもの距離を歩こうとすれば、6時間はゆうにかかるのではないだろうか(健脚な女性なら話は別だが)。
「…あの、何時くらいから歩いてるんですか??」
「…明け方から。 …いーや、明ける少し前くらいからですね。 …かなり眠いですーっ。」
たしかに眠そうだ。遠目から見たときの歩きっぷりのよさからは想像できなかったが…、眠いという範囲を通り越して、かなりお疲れの様子だ。顔にはあどけない笑顔を浮かべてはいるが、既に…、目が死んでいる…。
(瞼が思いっきり腫れてるやんか…。これはあまり無理をしたらいかんのとちがうか…。)
少し心配になってきた。大丈夫なのか、この子は…。傍目には元気に歩いている様には見えるが、実のところはかなり気を張り詰めながら無理をして歩いてるんじゃないだろうか…。
「今日はどのあたりまで歩くつもりなんですか?」
「以布利までです。一応、民宿にも予約を入れてるんで…。」
以布利かあ…。なんか、コンディションといい、行き先といい、さっき会った作業服のおじさんと妙にダブるのだが…。
「以布利ですか…。結構まだ距離ありますけども…。大丈夫ですか…?」
「だ、大丈夫じゃありませんー…。でも、予約も入れたし、宿の人も待ってくれてますから。がんばらないとだめなんですぅ…。」
ああ、やっぱり気を張り詰めていたのか…。このままでは、いつかバテてしまうんじゃ…。
「あのー…。余計なおせっかいかもしれませんけども…。あまり無理はしないほうがいいです。以布利まで行かなければならない事情もよくわかりますが、もう少し手前の場所で今日は終わられたほうがいいと思います…。明日のことも考えるとね、今日無理をしすぎて筋肉痛でも起こしてしまったら、かなり辛くなりますからね。今日はここまで充分歩かれたんですから、これから先は休憩を混ぜながらゆっくり行かれたほうがいいんじゃないでしょうか…。」
本当に余計なお節介だ。この子にはこの子の事情や思惑があるのだから、軽々しく口を挟むことは慎むべきだった。わかってはいたのだが、それでも要らぬ老婆心が働いたのだ。
「あ、ありがとうございます…・・。そうします。」
笑って彼女は同意してくれた。しかし、その朗らかな表情の中にはまだどこか張り詰めたものが感じられる。やはり、この子は以布利まで歩くつもりなのだろう。頑張れと心の中でエールを送るほかはなかった。
彼女と別れてから少し進んだところで、今度は別の女性遍路と擦れ違った。30代くらいの女性で、歩きっぷりもさることながら、とても爽やかな表情を浮かべながら颯爽と歩いておられる。この方とは挨拶を交わすだけでおわったが、ふと、「ああ、この人があの女の子に追いつけばいいのにな。この人があの子と一緒に歩くようになればいいのに…。」と思い、振り返って伝えようとしたが、既に女性の後ろ姿は遠く離れてしまっていた。かなりの健脚のようである。案じるまでもなく、女性があの子に追いつくまでにはそう時間はかからないだろう。うまくいけば、二人仲良く連れ立って歩くことになるかもしれない。良い展開になってくれることを祈るのみだが、あとは御大師様の御導きにお任せするしかないだろう。きっと、あの子にとってよいように取り計らってくださるにちがいない…。
それにしても、なぜこの二人が強く印象に残ってしまったのか。共通していることは、二人に対して別れ際に「この先大丈夫なのか?」と僕が心配してしまったことである。作業服のおじさんに関しては、もう明らかにコンディション面に不安を感じたからで、あれから無事に遍路を終えられたのか、このブログの記事をつけている今でも少し気になっている。女の子のお遍路さんについては、まずは男性遍路顔負けの歩行距離に対しての驚きがあった。上川口から市野瀬までの行程を早朝からお昼前までに歩ききったその体力。そういえば、Nさんが僕と初めて出会った日、その日の彼の出発点も上川口ということだった。Nさんが僕と一緒に昼過ぎ頃に市野瀬を通過したことを考えると、彼女は僕等を上回るペースで歩いていたことがわかる。或いは出発した時間が相当早かったのか…。しかしながら、僕と出会ったときにはかなり疲れが出ていたようだった。あれから無事、以布利に辿り着けただろうか。いや、彼女ならなんとか無事に辿り着けたにちがいない。問題は翌日から彼女本来のペースで歩けたかということだ。どこかで無理をすると、必ずその後に大きなツケがまわってくるものだ。その後の彼女の遍路がどうなったのかが今も気になっている。いい連れ合いに恵まれてなんとか無事に遍路を終えられたと信じたい。
ためにもなります!
これからもどんどん更新をしてくださ〜い!