2009年04月01日

冬遍路 〜足摺岬・宿毛へ〜  (15)

2008年12月31日 大岐〜下ノ加江

 朝の穏やかな陽光を浴びながら、独り国道を北へと向かう。昨日の朝のような焦りも不安もない。ただ目の前に伸びる道をひたすらに、ゆっくりと歩く。上空に広がる青い空や雲を見れば、「ああ、きれいだな」と素直に感じることができるし、擦れ違う人には笑顔で「こんにちは」と声をかけることもできる。なにやら本来の自分の遍路ができているようで、嬉しくもあり一安心する。今日は一年で最後の日。とても穏やかでいい一日になりそうな予感がある。
 思えば、昨日一人で歩いていた時のせわしなさは一体なんだったのか。あの時の自分の様子がまるで嘘のように感じられる。今朝の自分の気持ちはさざ波ひとつ立っていない海のように落ち着いている。昨日は大荒れとは言わないまでも、威勢のいい波が絶え間なく沸き起こっていた冬の海といった心持だったのか。「岬には昼までに…」「夕方にはなんとか宿へ…」、そういった『予定』というようなもので自分を追い詰めていたのだ。予定を気にしながらあくせく歩く自分の姿も久しぶりだった。まるで遍路をはじめた頃の未熟な自分というものが久しぶりに還ってきたかのようだった。存外、未だにそれが等身大の自分の姿なのかもしれない。普段の生活の中では、やはり諸事に気をとられ、懸命にもがいている自分というものが確かにいる。そんな自分を改めて確認し、反省するいい機会であったのかもしれない。足摺岬までの行程はそう捉えると、実は意味深いものだったのだと少し考えさせられたりもする。

 道なりに進んでいくと、やがて左右に道が別れていく。向かって左(西の方角)の道は「ふるさと林道 大岐中益野線」と呼ばれる道であり、竜串方面へと伸びている。「ふるさと林道」という名前の響きに誘われて少し歩いてみたい衝動に駆られるが、今回は諦めてそのまま国道を進む。大きく右に曲がる国道の斜面は、やがて緩やかな登り勾配となる。
(…ここって、こんな坂道やったっけ?)
 一昨日歩いたばかりの道だが、まるで記憶が飛んでしまっている。恐らく疲労も溜まっていたし道も真っ暗だったので、勾配など気にかける余裕もなかったのだろう。
 右手の視界が拓けてきて海が眼下に見渡せるようになる。風が波の音を耳元に運んでくる。海の方を眺めながら歩いていると、白い砂浜が目に入ってきた。大岐海岸だ。こうして少し高い位置から眺めてみると、改めて美しい海岸だと思い知らされる。広く伸びる砂浜のライン。海面に線を描きながら静かに進む波は、浜に打ち寄せると怒号のような音を立てて砕け散る。なんというか、まさに「日本の海岸といった感じだ。しばらく足を止めて海岸を眺めながら大岐の地に別れを告げた。


大岐海岸を眺めながら歩く大岐海岸に別れを告げて







 【 海を眺めながら国道を東へ 】          【 大岐海岸に別れを告げて 】



 左手に思い出深い建物が間近に見えてきた。まるで観光ホテルのような大型で白い建造物。一昨日の夕方にNさんと別れた場所である。建造物の手前には「海癒の湯」と看板の掲げられた茶色い屋根の温泉施設が見える。Nさんお気に入りの癒しポイントだ。
(Nさん、昨夜もここでくつろいでたんやろうな…。今朝はもうとっくに出発しやはったやろ…。今はどの辺を歩いてはるんやろうな。)
 Nさん、Kさんの足取りは気になるところだが、だからといって連絡をとるようなことはしない。彼らも無理に連絡をとるようなことはしないだろう。各人がそれぞれ、自分の遍路というものに向き合いたい気持ちを持っているし、それをお互いが理解している。「今どこにいるの?」「もう少しでそっちに着くから、ちょっと待ってて。一緒に歩こうよ。」といったような安っぽい呼びかけはしない。そんな行為が相手の遍路の中に土足で踏み入ることになるのだと承知しているからだ。
(ちなみに大型の白い建造物についてだが、サニーグリーンという名前のついた会員制のリゾートマンションということだ。紀州鉄道が管理している云々といったこともネットで調べてわかったが、こういった施設には僕自身はあまり興味も無いのでここでは詳細は省かせていただく。)


リゾートマンションと「海癒の湯」





【 リゾートマンションと温泉施設「海癒の湯」 】

 右手に海を眺めながらの遍路がつづく。「右手に海」というシチュエーションは昨日足摺岬を出発してから続いているわけだが、こうして一人で歩いていると、随分貴重な時間を過ごしているのだなと改めて感じる。順打ち遍路の僕は四国という大きな島を時計回りに周って歩いているわけだから、常に左手に海を見ながらの遍路がつづくことになる。宿毛までの打戻りの行程の中で足摺岬から下ノ加江までの区間は、右手に海を見ながら歩くことができる順打ち遍路にとっては特別な道程であろう。僅かの間(とはいっても30km近くもの距離はあるが)、逆打ちで歩いている気分に浸れる。道標のわかりにくさなどを体感でき、逆打ち遍路の苦労を少しでも思い知らされる気がするのだ。
 
 出発してから1時間程経ったろうか。久百々にさしかかった。大岐の宿から久百々までは距離にしておよそ4kmといったところだが、1時間で4kmのペースは遅過ぎず速過ぎず程好いペースといったかんじだろう。殊更急いで歩く気持ちも無いが、かといって脚を止めたくなるわけでもない。いいリズムで歩く…、そういう時間を純粋に楽しめているようだった。楽しむことでより体が更に快調に動くといういいサイクルがつづいている。それが程好いペースを生んでいたのだろう。おまけに空は日が昇るにつれてますます爽快な青さを見せてくれるし、海の眺めもとても綺麗だ。遠くに見える水平線を眺めているだけで心が広くなるような気もする。冬の太陽の柔らかな日差しが体に活力を与えてくれもする。本当にいい日和に恵まれた幸運を感じながら慌てずマイペースで歩いていく。
 久百々を過ぎ、更に20分ほど歩くと鍵掛という地区に入る。下ノ加江まではあと少しといったところだ。
 それにしても、大岐からの道程が妙に長く感じられる…。一昨日、Nさんと一緒に歩いていたときは下ノ加江から大岐までの距離はさほど長くは感じなかった。会話に熱が入っていたせいもあり、、距離感を完全に失っていたのだろう。独りで歩くと距離感というものからは逃れようがない。一度歩いたはずの道程を改めて長く感じるというのは仕方のないことではあるが、「道」というものに真正面から向き合えることへの楽しさもまた感じることができるのだ。距離や景色、空気といった全てのものと向き合って歩いていると、なにやら自分という存在が小さなものに思えてくる。言いかえれば、自分を取り巻いているもの全てがとても雄大なものに感じられるのだ。果てしなくつづく道。周りに広がる大いなる自然。そんな中でちっぽけな自分は歩いている。そして生かされている。全てのものから力を与えられながら…。距離を感じながらの独り歩きも決して苦になるものではない。


久百々 海を眺めながら歩く鍵掛 国道を進む







 【 久百々にて 海を眺めながら歩く 】      【 鍵掛にて 国道を北へ進む 】


 道すがら、何人かのお遍路さん達とも擦れ違った。擦れ違う、つまり僕とは歩く向きが違うわけで、足摺岬に向かって皆さん歩いておられるのだ。初老の夫婦の方や若いカップル(或は夫婦か)の方のように連れ合いと一緒に仲良く歩いているお遍路さんもいれば、僕のように独り黙々と歩くお遍路さんもいる。擦れ違い様、「こんにちは」と声をかける。明るく挨拶を返してくださる方もいれば、黙って頷くだけの方もいる。反応は人によって様々だったが、皆さんに共通していたことは顔つきがとても生き生きとされていたことだ。
(年末年始の時期は、そんなに歩いている人はおらんと思ってたのに…。けっこう沢山歩いてはるんやなあ。しかも、みんな元気やわ…!)
 下ノ加江までの道程で出会ったお遍路さん達は、恐らく夕方には(もっと早い時間帯かもしれない)皆さん足摺岬に到着されることだろう。大晦日の夜を岬の宿で過ごし、元旦の早朝に岬の展望台で初日の出と対面…・。そんな予定をたてておられる方もいたのではないだろうか。岬で年越しというアイデアは素敵だと思う。


 下ノ加江川を見渡せる下り坂にさしかかった。坂を下りきると道は二手に分かれる。下ノ加江川の東側と西側に道がそれぞれ伸びているのだ。川に架かる橋(下ノ加江大橋という)渡ると東側へ、橋を渡らずにそのまま道なりに進むと西側の道に入ることとなる。二つの道は3km程先で再び合流するのだが、真念庵のある市野瀬を経由せずに県道21号線を進んで三原村に入るのならば、西側の道を通らねばならない。県道21号線との分岐点は3km先の合流点よりも1km程手前になるからだ。
僕は市野瀬を経由して三原村に入るつもりだったので、どちらの道を進んでも差し支えはなかったのだが、一昨日は東側の道を歩いたので、今度は西側の道を歩いてみようと思っていた。下ノ加江川の西には農村地帯が広がっていて、道はその長閑な農村の中をまっすぐに伸びている。川沿いに伸びる車道しかない殺風景な東側とは違って、西側は景色的にも気分的にもなにやら癒されそうな気がする。是非とも西側の道に進みたかったのだが、しかし…。
 坂を下るあたりから、どうもトイレに行きたくなってきた…。正確にはもう少し前からそんなかんじになっていたような…。冬の遍路は汗があまり出ない分、トイレの回数がどうしても増えてしまう。そこが厄介なところなのだが…。済ませておける場所では、なるべく済ませておいたほうが無難だ。できる場所は遍路道では非常に限られてくるからだ。地図を見ると…、というよりも一昨日に立ち寄った場所なのでよくわかっていたのだが、橋を渡った先にコンビニが1軒ある。用を足すなら、もうそこしかないだろう。迷っている余地もなく、下ノ加江川を越えて東側へ行くこととなった。
(トイレを済ませて…、ついでに飲み物も買って…。コンビニを出てからまた橋を渡って西側に行けばええか…。)
橋を渡り道なりに歩いていくと、どこからかお祭りの太鼓の音が聞こえてきた。音の流れてくる方角を見遣ると、国道から少し離れた場所に神社があって(八坂神社らしい)、どうやらそこで地元のお祭りが行われているようだった。大晦日に毎年行われているお祭りだろうか…。詳しいことはわからなかったが、なんにせよ祭りの空気は活気があっていい。また元気を与えてもらったと喜びながら、コンビニへと向かう。


下ノ加江大橋を渡る橋の上から下ノ加江川を眺めて







 【 下ノ加江大橋を渡る 】              【 橋の上から川を眺めて 】


 懐かしい(といっても2日前に立ち寄ったばかりだが)コンビニが見えてきた。四国ではお馴染みのコンビニチェーン店・スリーエフだ。一昨日はこの店でNさんと旅の疲れを癒しながら、「休憩とは何ぞや…。」といった話をしていたっけ…。遍路中はほとんど休憩をとらない僕に対して、Nさんがしきりに休憩の重要性を語っていた。Nさん…、今ごろは何処を歩いているのだろう。
 コンビニの後ろには「安宿」と書かれた看板の掲げられた民宿が見える。「安宿」…。昨日、Kさんはこの宿を出発して足摺岬へ向かったのだ…。彼も今はどの辺りを歩いていることだろうか。
 コンビニの店先には、お遍路専用のベンチが置かれている。そこに歩き遍路の青年が二人、腰を下ろしながらなごやかに談笑している。やはりコンビニはお遍路にとっては重要な休憩ポイントなのだ。
(そろそろオレもこの辺りで休憩しようかな。トイレを済ませたら、彼らに混じって話でもさせてもらいながら暫く脚を休めることにしよか…。)
そう思いながら、コンビニに近づいてゆく…。近づくにつれ、だんだん二人の青年の姿かたちがはっきりとわかってきた…。そして、顔までも…。

うーむ…。どこかで見たような顔と顔だが…。  

(ありゃりゃ…!!ひょっとしてあの二人…!!)

Nさん…!!そしてKさんではないか…!!

(ええーっ…!!なんとこんなところで会えるとは…。しかも二人揃って…!!)

予想外の展開だった・・・。


taku2007 at 07:00 │Comments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!歩き遍路 - 2008年12月〜2009年1月 

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